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お前の番だ! 330 [お前の番だ! 11 創作]

「判らない?」
 あゆみが、喋るのを忘れて考えこむ万太郎に言葉を向けるのでありました。
「いやあ、内弟子控え室の電気は、未だ消えた儘ですねえ」
 万太郎は顔を起こして至極真面目な表情でそう応えるのでありました。
「内弟子控え室の電気?」
 あゆみが眉間に皺を刻んで混乱の顔を見せるのでありました。
「ああ、要するに皆目見当がつかないと云う事です」
 見当がつかない、と云うのと、燈火の消えた内弟子控え室、と云う言葉の関連性が今一つ明快に判らないながらも、あゆみは万太郎の困り果てた頭の中の様子は何となく想像出来たようで、思わずと云ったように微笑んで何度か頷いて見せるのでありました。
「ピンとくる人は、もう十分ピンときている筈よ、それだけ云えば」
「どうも人間が鈍感に出来ているせいか、僕はピンともシャンともきません。如何にも察しが悪くて相済まない次第ですが」
 万太郎はそう云って、背筋はピンと伸ばしてあゆみに頭を下げるのでありました。
「万ちゃんがピンとこないのなら、もうこの話しはこれで止しましょう」
 あゆみは万太郎から目を外してチーズケーキにフォークを刺すのでありました。万太郎は自分の愚鈍を無言に叱られているような気がするのでありました。
 その後あゆみは妙に無愛想になるのでありました。屹度自分の間抜けさ加減にげんなりしたのであろうと万太郎は推察して、慎に申しわけない思いに胸が痛むのでありました。
 しかしあゆみに意中の人が居ると云うその事実自体が、実は万太郎にはかなりの衝撃だったのでありましたし、その衝撃のために血の巡りが何時もにも況して滞ったが故に余計、ピンともシャンともこなくなったのであろうと思うのでありました。万太郎は寡黙になったあゆみを忍び見ながら、冷めたコーヒーを寂しく口の中に流しこむのでありました。

   ***

 真夜中の家中が寝静まった闇の中で居間の方にある電話の鳴り響く音が、内弟子部屋の布団の中に居る万太郎の耳にも微かに届くのでありました。万太郎は首を捻じ曲げて枕元に置いてある目覚まし時計に目を遣るのでありましたが、夜光塗料の光がもうすっかり薄れて仕舞っていて、時間を確認する事は出来ないのでありました。
 万太郎の横に敷いてある布団がめくれる気配がするのは、そこに寝ていた来間もその呼び出し音に目覚めたためでありましょう。
「こんな夜中に何の電話だ?」
 万太郎がそう声を上げると来間がゴソゴソと布団の上に立ち上がって、天井から釣り下がる蛍光灯の紐を引いて明かりをつけるのでありました。万太郎も目を覚ましている様子なので、安心して灯火を点けたのでありましょう。
「こんな時間に電話が鳴るのは妙ですね」
(続)
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