お前の番だ! 307 [お前の番だ! 11 創作]
師範控えの間から帰ってきたあゆみは、自分の部屋に退去する前に母屋の食堂でコーヒーを飲んでいる万太郎を見つけて、中に入って来て万太郎と向いあう席に腰を下ろすのでありました。あゆみは先程よりは少し緩んだ顔になっているのでありました。
「あたしもコーヒーをいただこうかなあ」
あゆみがそう云うと来間がすぐに椅子から立ち上がって、流し台の上に置いたコーヒーメーカーから古いフィルターを外しにかかるのでありました。あゆみの言を受けて、これからもう一杯新たに淹れようと云うのでありましょう。
「もう総士先生とのお話しは済んだのですか?」
万太郎が訊くと、あゆみはそれには応えずに来間の方をふり返るのでありました。
「注連ちゃん、あたしが自分で淹れるからいいわ」
あゆみはそう云ってから立つのでありました。「それよりもうすぐお父さんが来ると思うから、そうしたらお風呂の介添えをお願いね」
「押忍。承りました」
来間はそう云ってあゆみに立っていた場所を譲るのでありました。「それじゃあ、自分はちょっと、風呂の湯加減を見てきます」
来間は急いで風呂場の方に姿を消すのでありました。
「何か少し、お腹が減ってきたわ」
あゆみは独り言とも万太郎に云うともつかぬ云い方をするのでありました。それから茶棚を開けて、そこにあるクラッカーの袋を取り出すのでありました。
「総士先生とのお話しは終わったのですか?」
万太郎は腰を下ろしてクラッカーを摘むあゆみに再び遠慮がちに訊くのでありました。
「うん。まあね。終わったような、終わらないような」
あゆみはそう曖昧に返事してクラッカーを口に放りこむのでありました。無表情に口を動かすあゆみにそれ以上の事を訊ねて良いものか迷って、万太郎は机上に置いたコーヒーカップの摘みの部分を手持無沙汰に指で弄んでいるのでありました。
「あたしに、威治さんと一緒にならないか、だってさ」
あゆみが不意にそんな事を云い出すのでありました。
「えっ、神保町の若先生と、ですか?」
万太郎は一応大袈裟に驚嘆の顔をするのでありました。しかし予め推察した通りだったので、実は全く驚天動地と云うわけではないのでありました。
「そう。道分先生から今日、控えの間で申し出があったのよ」
「何か、随分唐突な話しですね」
威治教士の日頃のあゆみに接する素ぶりから、あゆみに大いに気がある事は疾っくの昔から知れた事でありましたから特段、唐突、と云う程でもないかと万太郎は云った傍から思い直すのでありました。何時かタイミングを見計らって威治教士はあゆみに自分の思いの丈を、勇気をふり絞って自ら告白するか、それとも、興堂範士や是路総士を巻きこんで、搦め手で攻めこんでくるであろうとは、万太郎は充分予想していたのでありました。
(続)
「あたしもコーヒーをいただこうかなあ」
あゆみがそう云うと来間がすぐに椅子から立ち上がって、流し台の上に置いたコーヒーメーカーから古いフィルターを外しにかかるのでありました。あゆみの言を受けて、これからもう一杯新たに淹れようと云うのでありましょう。
「もう総士先生とのお話しは済んだのですか?」
万太郎が訊くと、あゆみはそれには応えずに来間の方をふり返るのでありました。
「注連ちゃん、あたしが自分で淹れるからいいわ」
あゆみはそう云ってから立つのでありました。「それよりもうすぐお父さんが来ると思うから、そうしたらお風呂の介添えをお願いね」
「押忍。承りました」
来間はそう云ってあゆみに立っていた場所を譲るのでありました。「それじゃあ、自分はちょっと、風呂の湯加減を見てきます」
来間は急いで風呂場の方に姿を消すのでありました。
「何か少し、お腹が減ってきたわ」
あゆみは独り言とも万太郎に云うともつかぬ云い方をするのでありました。それから茶棚を開けて、そこにあるクラッカーの袋を取り出すのでありました。
「総士先生とのお話しは終わったのですか?」
万太郎は腰を下ろしてクラッカーを摘むあゆみに再び遠慮がちに訊くのでありました。
「うん。まあね。終わったような、終わらないような」
あゆみはそう曖昧に返事してクラッカーを口に放りこむのでありました。無表情に口を動かすあゆみにそれ以上の事を訊ねて良いものか迷って、万太郎は机上に置いたコーヒーカップの摘みの部分を手持無沙汰に指で弄んでいるのでありました。
「あたしに、威治さんと一緒にならないか、だってさ」
あゆみが不意にそんな事を云い出すのでありました。
「えっ、神保町の若先生と、ですか?」
万太郎は一応大袈裟に驚嘆の顔をするのでありました。しかし予め推察した通りだったので、実は全く驚天動地と云うわけではないのでありました。
「そう。道分先生から今日、控えの間で申し出があったのよ」
「何か、随分唐突な話しですね」
威治教士の日頃のあゆみに接する素ぶりから、あゆみに大いに気がある事は疾っくの昔から知れた事でありましたから特段、唐突、と云う程でもないかと万太郎は云った傍から思い直すのでありました。何時かタイミングを見計らって威治教士はあゆみに自分の思いの丈を、勇気をふり絞って自ら告白するか、それとも、興堂範士や是路総士を巻きこんで、搦め手で攻めこんでくるであろうとは、万太郎は充分予想していたのでありました。
(続)
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