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お前の番だ! 304 [お前の番だ! 11 創作]

 食事が済むと、中から用事を云いつけられた場合に備えて師範控えの間傍の廊下に控えている片倉と交代するために、ジョージが食堂を出て行くのでありました。片倉がすぐに食堂に帰って来て、皆に遅れて食事に取りかかるのでありました。
「片倉、酒の追加を云いつけられなかったのか?」
 万太郎は忙し気にカレーライスを頬張る片倉に訊くのでありました。
「いえ、何もおっしゃっておられませんでした」
 普段ならあの面子が揃っていて、最初に持っていった徳利三本程度で事足りる筈がないのでありましたが、どうやら向こうもあんまり酒が進まないようであります。と云う事は、あゆみの様子も含めて考えてみれば、先程あゆみと威治教士の縁談話しが出たのであったとしても、あんまり好首尾とはそこに居る誰も思っていないと云う事でありましょうか。
 あゆみが不躾も顧みず中座して仕舞ったと云うのが、そう結論する決定打でありましょうかな。いきなりの事に恥ずかしさが先走って狼狽えて、あゆみは居たたまれずに控えの間を逃げ出したと云う風ではなくて、寧ろあゆみの退出の仕方は如何にも無愛想で、気分を害した事の明快なる表明であったように万太郎には思い做されるのであります。
 不首尾であったらしいと云うのは、万太郎には好都合な事に思われるのでありました。あゆみの縁談相手が選りに選って威治教士では、これは如何にもあゆみが可哀想と云うもので、あのあゆみの相手にはもっと相応しい男が他に一杯いるでありましょうから。
 第一あゆみの日頃の素ぶりでは、威治教士の事をあまり好ましく思ってはいないようであります。序の事ながら自分も好ましく思っていない、と万太郎は思うのでありました。
 しかしそれでも、他ならぬ興堂範士の申し出でもあって、それはつまり常勝流宗家と興堂派総帥の跡継ぎ問題と云う要素も絡む事柄でもありますから、あゆみ個人の好き嫌いだけがこの件を決定するたった一つの条件、とはならないかも知れないと万太郎は考え直すのでありました。常勝流宗家たる是路総士の考えと、興堂派総帥の興堂範士の思惑と云う辺りも、この問題には何かとあれこれ影響してくるのは必然の事でありましょうか。

 師範控えの間に伺候していたジョージが食堂に帰ってくるのでありました。
「寄敷範士がお茶を持ってこいと云われています」
「酒の追加ではないのか?」
 万太郎は念のためにそう訊くのでありました。
「いいえ。お茶です」
「ああそうか。判った」
 万太郎はそう云って来間の方に目を遣るのでありました。万太郎の視線を受けて来間が茶の用意をし始めるのでありました。
 どうやらこの日は四方山話しも盛り上がりそうにないから、早々にお開きと云う事になったのでありましょうか。ま、万太郎にとっては結構な按配であります。
 茶は万太郎が運んで行くのでありました。さぞや中の雰囲気はしめやかであろうと思ったのでありましたが、意外にも興堂範士の哄笑が漏れ聞こえてくるのでありました。
(続)
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