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お前の番だ! 303 [お前の番だ! 11 創作]

 万太郎が母屋の台所に行くと、そこにあゆみの姿はないのでありました。
「あゆみさんはどうした?」
 万太郎は椅子から立ち上がった来間に聞くのでありました。
「気分がすぐれないので自分の部屋に居る、との事でした」
 万太郎は無表情で一つ頷いてから、師範控えの間に弁当と酒を運ぶように来間に指示するのでありました。万太郎の指示で来間と片倉で食事を持っていくのでありましたが、万太郎はあゆみの方が心配になって、母屋の廊下をあゆみの部屋まで進むのでありました。
「あゆみさん、よろしいでしょうか?」
 万太郎はあゆみの部屋の閉まった障子戸越しに中に声をかけるのでありました。
「ああ、万ちゃん?」
「そうです。何でも気分がすぐれないとか?」
 その万太郎の言葉の後に少しの間を挟んであゆみが応答するのでありました。
「どうぞ、入って」
 そう云われて万太郎は廊下に正坐した儘障子戸を開くのでありましたが、何となく中に気安く入るのが躊躇われたので、廊下に座った儘であゆみに問うのでありました。
「控えの間に弁当を運びましたが、その間こちらも食事を済ませようと思うのですが?」
「ああそう」
「あゆみさんも食堂で一緒に食されますか?」
 あゆみは眉宇に陰鬱な翳を残した儘で気怠そうに首を横にふるのでありました。
「あたしは何だか食欲がないから、要らないわ」
「若し何でしたら、あゆみさんの分をここへ運んできましょうか?」
「有難う。でも遠慮しとくわ。お腹が減ったら後で勝手に食べるから」
 あゆみの語調が思った程弱々しくもなく、突っ慳貪でもないものだから、万太郎は一先ず胸を撫で下ろすのでありました。
「あのう、何かあったんですか、控えの間で?」
「・・・うん、まあ、ちょっと。・・・」
 あゆみが言葉を濁すのでありました。それ以上言葉を継ぐのが億劫そうだったものだから、万太郎はあゆみに質問を重ねるのを控えるのでありました。
「・・・じゃあ、僕等は食事をしています。若し食欲が戻るようなら、お出でください」
「うん。有難う」
 あゆみは万太郎に愛想に笑って見せるのでありました。
「あゆみ先生は、食事は要らないのですか?」
 食堂に戻った万太郎に来間が訊くのでありました。
「ああ。食欲がないそうだ」
「お体とか、大丈夫なんですか?」
「まあ、そんなに大袈裟に心配する事もないだろうが」
 万太郎はそう云いながら、気鬱に彩られたあゆみの顔を思い浮かべるのでありました。
(続)
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