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お前の番だ! 294 [お前の番だ! 10 創作]

 あゆみは大きく見開いた目で、しかも心外そうに万太郎を見るのでありました。
「え、どうして万ちゃんに対してあたしが悪い事をしたと云う風になるわけ?」
「つまり一般門下生を一人辞めさせたと云う事になるので、道場経営と云う観点から見れば、その一翼を担わせて貰っている僕に損害を与えた事になるじゃないですか」
「ああ、そう云う意味でね。そうなら、あたしはあたしに対しても悪い事をしたわけね」
「そうです。ここは一つ正坐して反省して貰わなければ困るところです」
 これは勿論半笑いで、全くの冗談口調で云う万太郎の戯れ言でありました。「まあしかし、ここにきて総本部の入門者も、それに各支部の入会者の方も、僅かながらも増加傾向にあるようですから、全体から見れば損害としては極めて軽微です」
「そうね、どうしてだか知らないけど、何となく入門者が増え出したわね」
「ですから、あゆみさんは新木奈さんとのこの経緯に関して、僕に対して特に気に病む必要はありませんから、どうぞ安心してください」
「あ、そう」
 あゆみは取りあえずそう無抑揚に返事するのでありました。
「それに新木奈さんは色んな意味で面倒なタイプの人でしたから、その人がもう来ないとなると、正直なところ僕としてはほっとするところもありはしますし」
 これは、恐らく気塞ぎに陥っているであろうあゆみに対する、万太郎なりの労わりの言葉ではありましたか。そんな万太郎の心根はちゃんと伝わったようで、あゆみは力なくではあるにしろ万太郎に笑み返すのでありました。

 風呂から上がって来た是路総士が、食堂のテーブルで何時も通りの打ちあわせをしていた万太郎とあゆみを、居間に手招きしながら呼ぶのでありました。
「そろそろ私も稽古に復帰したいと思うのだが、・・・」
 是路総士は卓を挟んで前に並んで座った万太郎とあゆみに云うのでありました。「何処か支部の指導に私が入りこめる余地はあるかな?」
 その言葉を聞いた万太郎はあゆみと顔を見あわせて嬉しそうに笑むのでありました。
「いよいよ総士先生のご復帰ですね」
 万太郎は笑みを顔の隅々にまでに広げて云うのでありました。
「この間、一人で木刀をふったり、来間を相手に体術や剣術を浚っていたが、ぼちぼち稽古の出来る体になってきたように思うのでなあ。そうなると見所に座って稽古を見ているだけでは物足りなくなったと云うわけだ。どうかな、私の入りこむ余地はあるかな?」
「それはもう、勿論です。そうなると総士先生には主に、総本部での稽古に復帰していただきたいと思います。棋道の総帥でいらっしゃるのだから、それが当然かと思います」
「しかし総本部は運営面も含めてお前達に任せる事になっているのだし、私の復帰がそれを邪魔するようなら、それは全く本意ではなしのだが」
「何を遠慮される必要がありましょうか。総士先生あっての常勝流武道であり総本部ではないですか。これまでが変則的な運営だったのですから」
(続)
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