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お前の番だ! 291 [お前の番だ! 10 創作]

 万太郎は思わず不愉快な表情をして仕舞うのでありました。
「そうはっきり云ったわけじゃないわ」
「でも、結局そう云う事になるでしょう?」
「まあ、聞いて」
 あゆみは万太郎の憤慨を宥めるように、たじろぐ程大きな澄んだ目で万太郎を一直線に見るのでありました。「あたしも新木奈さんの云い方に嫌な含みを感じたから、それはもう一人の中心指導者である万ちゃんの事を主に批判して云っているのか、なんてはっきり聞いてみたの。そうしたら新木奈さんは頷きもしないし、首を横にふりもしないのよ」
「つまりそれは僕が問題だと、曖昧に肯ったと云う事になるわけですよね」
「要するにね、新木奈さんとしては威治さんの稽古中の跋扈を、万ちゃんがちっとも咎めないと云うところに苦言を云いたかったみたいなのよ。その後あれこれ聞いてみると」
「ああそうですか」
 万太郎は矢張り不愉快そうにそう云うのでありました。確かに面と向かって威治教士を咎めなければならないような状況は、今のところ出来してはいないのでありました。
 それは威治教士がはっきりとは万太郎の稽古統率に反するような言動をしないからでありました。まあ、一段高い位置から万太郎や稽古の総体を見下ろしているような在り様は崩さず、自分は万太郎の統御の外に在ると無言に宣しているような態度ではあるものの、万太郎の稽古に於ける主導権を侵害するような事は今のところしないのでありました。
 例えば、万太郎がその日指導しようとしている技に対して公然と異を唱えたり、万太郎を差し置いて自分が中心指導にしゃしゃり出てくる、なんと云う不謹慎な真似はないのであります。稽古の進め方に対しても、それ自体を妨害する事もないのでありました。
 でありますから威治教士の態度に苦々しさは覚えるものの、敢えて苦言を呈するまでには到らないと云う事であります。しかし若しも稽古に参加する態度に見過ごせない乱れが認められたなら、万太郎は遠慮なく注意をする用意はあるのであります。
「結局新木奈さんとしてはね、実は万ちゃんがどうこうと云う事じゃなくて、威治さんの姿が道場に在る事が疎ましいみたいなの」
「ま、矢張り実状としてはそう云った辺りでしょうかねえ」
 新木奈が万太郎の稽古統率者としての不手際をやんわり訴える事で、要は全くまわりくどく威治教士の稽古参加を止めさせるように求めているのであろう事は、万太郎にも何となく推察出来るのでありました。威治教士が初お目見えした稽古で肩を強く極められて痛い思いをして以来、新木奈は余程威治教士が苦手となったのでありましょうかな。
「それでね、あたしが困った顔で暫く何も云わなくなったものだから、急に新木奈さんは話題を変えようとするの。これはあくまで自分一人の感想で、ひょっとしてこれからの稽古の在り方に資するものがあれば、と云うつもりで云ったまでなんだから、あんまり深刻に考えないで欲しい、なんて今度はそう云いながら私に優し気に笑いかけるのよ」
 あゆみが陰鬱な顔で黙りこくっていたのでは、新木奈としては折角呼び出しい成功して食事を共にした甲斐がないと云うものでありましょうか。
(続)
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