SSブログ

お前の番だ! 290 [お前の番だ! 10 創作]

 万太郎は片手をせわしなくふって見せるのでありました。「あゆみさんが中心指導をしている時とはまるで違って、僕の場合には僕に対する敵意すら感じて仕舞います」
「そうであっても、万ちゃんの指導している時の姿は、威治さんの存在なんか意にも介していないように、如何にも堂々としているように見えるけど」
 あゆみはそう云うのでありましたが、この云い方はつまり、威治教士の万太郎に対する敵意らしきもの自体は、充分あゆみも認識していると云う事でありましょうか。それがどういう心根に依って発生しているのか、と云う辺りは敢えて考えないまでも。
「しかし神保町の若先生は、一体どういう了見でこの頃、総本部道場の一般門下生稽古に参加しているんでしょうかねえ?」
「さあ、どうしてかしらね」
「僕には何かしらの隠れた魂胆があってだと思えるのですがね」
「まあ、好意からかも知れないけどね。威治さん独特の考え方からのね」
「好意、ですか?」
 万太郎は大袈裟に目を剥いて見せるのでありました。
「例えばウチのお父さんが病み上がりで、当面総本部の指導陣が手薄になっているように見えて、しかもその新たに指導を任された者が如何にも頼りないのを見かねて、とかさ」
「はあ、そうですかねえ」
 万太郎は素っ頓狂に、そのあゆみの解釈に大いに懐疑的な風に云うのでありました。
「まあ、その辺の話しはまた後でゆっくりするとして、・・・」
 あゆみが瞼の辺りに宿った翳を掃って話頭を転じるのでありました。「で、新木奈さんがそう云うものだから、あたしは少し口を閉じて考えこむような仕草をしたの。そうしたら新木奈さんはあたしを困らせたと思ったのか、すぐに、ああこれは自分だけの感想であって、他の門下生が同じように思っているとは限らないから、なんて繕うの」
「で、そう云うわけで稽古に出る事に意欲的でなくなったと?」
「ううん。それは仕事の都合と云う事らしいけど」
「僕には新木奈さんが稽古に来辛くなったのは、神保町の若先生の姿が時々道場にある事が第一番目の理由だとしか、どうしても思われませんがねえ」
「でも、本人はあくまで仕事の都合だって云うんだけど」
 それはそうでありましょう。新木奈はあゆみの手前、自尊心にかけても屹度そんな如何にも無難な理由を述べるしかないでありましょう。
「その点は一先ずここでは置くとして、それでその後あゆみさんは、新木奈さんのそんな感想を聞いてどう応えたのですか?」
「それは偏に指導者の不覚に依る事だろうからお詫びします、なんて云って頭を下げたの。そうしたら新木奈さんは、あたしに関しては前から中心指導をしているのだし、その指導のやり方は特に最近になって変わってもいないし、稽古の雰囲気も前と同じだと云うのよ」
「と云う事はつまり、稽古の雰囲気を散漫にしているのは、あゆみさん以外の中心指導者たるこの僕だと新木奈さんは云っているんですかね?」
(続)
nice!(18)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 18

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

お前の番だ! 289お前の番だ! 291 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。