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お前の番だ! 289 [お前の番だ! 10 創作]

 それを新木奈から指摘されるのは慎に心外でありましたが、それでも万太郎は一応冷静にその点について考えてみるのでありました。確かに自分には一稽古者としての矜持はあっても、指導者としての威厳なんと云うものは未だ備わってはいないでありましょう。
 年が若いと云う事もありはしますか。門下生の中には自分より歳も年季も上の猛者が多くいるのでありますし、そう云う者達は未だ白帯の頃から、それに黒帯になってからも鳥枝範士辺りに始終怒鳴られて、オロオロと狼狽えていた万太郎の姿を見知っているのでありますから、それが今、しかつめ顔で厳めしそうに装って道場で中心指導をしている姿を見れば、鼻先の微苦笑を誘われる程度が精々と云うところでありましょうか。
 そう云う者達の心服を得るには偏に、自分の常勝流武道の腕前と、大いに術理を納得させられるだけの指導のあり方に繋っているでありましょう。しかしそれはこれからの課題であって、今すぐにそれを求められても到底力及ばないものであります。
「確かに今の僕は三先生のようにはいきません。それが稽古の雰囲気を散漫にしていると云われれば、返す言葉は僕にはありません」
「あたしも三先生に比べるとそりゃあ、自分の指導が物足りなく思われているとは思うわ。でもその三先生に総本部の指導をすっかり任されたわけだから、その期待に応えられるように日々頑張るしかないとしか、今は云い様がないわ」
「三先生に総本部の指導に復帰していただくよう、稽古を見直す必要がありますかね?」
「それも一つの方法だけど、もう少しあたし達で頑張ってみないといけないんじゃないかしら。折角三先生の意向をお受けしたわけだから」
「それはまあ、そうですね。こんなに早く音をあげたら、男が廃ると云うものですし」
「あたしの場合は、女が廃る、だけどね」
 あゆみは一応念を押すようにそう冗談を云って、力なく笑うのでありました。
「男も女も、大体に於いて廃ってはいけません」
 万太郎は大真面目に頷くのでありました。「それと、当然第一義には僕等の力が足りない事もあるでしょうが、それとは別に神保町の若先生がこの頃一般門下生稽古に参加していると云うのも、稽古の雰囲気を散漫にしている一因ではないでしょうか?」
「そうね。それもあるかもね」
「僕等が稽古の雰囲気を統御しようとしても、若先生はその統御の外に何時もいるわけですからね。それに若先生の道場での在り方に、僕如きは正面切って文句を云えません」
「確かに威治さんは、別格と云う立場で稽古に参加しているようなものだから」
「僕は若先生が居るとどうにも指導がやり辛くて仕方ありません。僕の無用な遠慮かも知れませんが、しかし僕が中心指導で技を門下生に見せている時でも、若先生の僕の指導を侮ったような視線をビンビン背中に感じて仕方がありませんよ」
「あら、そうでもないんじゃないの?」
 あゆみが意外そうな顔を見せるのでありました。「威治さんが居ようと居まいと、万ちゃんは憚りも気後れなく堂々と、技も指導の言葉も披露しているように見えるわよ」
「いやいや、そんな事はありませんよ」
(続)
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