SSブログ

お前の番だ! 287 [お前の番だ! 10 創作]

「おう、入れ」
 万太郎が声をかけると障子戸がそろりと開くのでありました。
「注連ちゃん有難う」
 先程いらないと云ったけれど、あゆみが来間に礼を云うのでありました。
「話しは長引きそうですか?」
 来間は万太郎とあゆみの前にコーヒーを置きながら訊くのでありました。
「まあそうでもないが、お前先に風呂を使って、内弟子部屋で休んでいて構わんぞ」
 万太郎が早速コーヒーカップを口に運びながら云うのでありました。
「押忍。ではそうさせて貰います」
 来間は部屋を出際に座礼をして、閉める障子戸の向こうに消えるのでありました。
「注連ちゃんとしては、気を利かせてコーヒーを持ってきたんでしょうね」
 あゆみもコーヒーカップを取り上げるのでありました。
「まあそうでしょうがあいつの気の利かせ方は、何と云うか、フィット感がありません」
 万太郎は手厳しい事を云うのでありました。「どうでも良い事は気を働かせるんですが、肝心なところは往々にして期待を外しますね。ま、あいつなりに色々考えてはいるんでしょうが、もう一つ機要にピタリと嵌るようなしっくり感かありませんね」
「でも、真面目は真面目よ」
「それは僕も認めます。良い意味で愚直です。技の覚えなんかも悪い方ではないから、あいつはあの儘時間をかければ、相当なところまで腕を上げると思いますよ」
「ええと、ところで、さっきの話しの続きだけど、・・・」
 あゆみが話しを本題に戻すのでありました。「そんな感じで食事も終えて、その後ケーキとコーヒーが運ばれてきたの」
「ぼちぼち本題が始まるのですね?」
「それがそうでもないの。新木奈さんの趣味の話しがその後に暫く続くの」
「趣味の話し、ですか?」
「そう。写真の事とか旅行の事とか、スキーやゴルフやテニスの事」
「なかなか本題に入らないのですねえ」
 要するに稽古の事で話しておきたい事がある、と云うのは寧ろあゆみをデートに引っ張り出すための体の良い方便であって、新木奈の実の魂胆としてはあゆみと二人で食事をしたり、他愛のない話しに興じたかったのだと云うところだったのでありましょう。
「スキーの体の使い方と武道の体の使い方には少なからず共通点がある、とか云う話しを結構長い時間聞かされたわ。あたしもスキーは大学生の頃何回かやったことがあったから、愛想で適当な相槌は打つことが出来たけど、でも、あたしを呼び出した本来の話しがちっとも出ないものだから、あたしとしては実は内心、少し苛々もしていたの」
 どだい常勝流総本部道場の筆頭教士を捉まえて、そんな技術論を得々とする新木奈の気が知れないというものであります。そんな話しが披露出来る程、新木奈は常勝流武道に精通しているとは全く以って万太郎は思えないのでありましたから。
(続)
nice!(16)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 16

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

お前の番だ! 286お前の番だ! 288 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。