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お前の番だ! 277 [お前の番だ! 10 創作]

「それにしても、迂闊に気は許せないけどね」
「まあ、あゆみさんに良いところを見せたいのでしょうから、あゆみさんが道場に居れば滅多な事は仕出かさないと思いますが、若し何かの都合であゆみさんが居ない場合は、非常に遠慮のない態度に出るんじゃないかと僕は危惧しているのですけど」
「あたしに良いところを見せたいのかどうかは知らないけど、でも、脇から見ていると威治さんは万ちゃんの目を、かなり意識していているような気配が感じられるわよ」
 あゆみはそう意外な事を云って円らな瞳で万太郎の顔を覗きこむのでありました。
「それはどうでしょうかねえ?」
「まあ、敬意とか云うのじゃないけど、でも、少し畏れているんじゃないかしら」
「畏れている、ですか?」
 万太郎は怪訝な顔を向けるのでありました。
「勿論プライドからそんなところははっきり見せっこないけれど、でも、道場では何となく万ちゃんの一挙手一投足に、かなりの注意を向けているように感じるわ」
「僕はちっともそんなのは感じませんよ。ただ只管、あゆみさんの目に自分がどう映るかだけにしか腐心していないように思っていましたがね」
 万太郎はコーヒーカップを摘み上げるのでありました。「ところであゆみさんは神保町の若先生のそんな目を、一応ちゃんと判ってはいるのでしょう?」
 万太郎の質問にあゆみは俄には応えないのでありました。今度は万太郎があゆみの顔を、特に円らでもない瞳で覗きこむのでありました。
「ま、それは何となく、ね。・・・」
 あゆみがボソリと呟くのでありました。その云い方は、あんまりそれを歓迎していると云うようなものではなくて、寧ろ困惑しているような様子でありましたか。
「まあそうでしょうねえ。僕が気づくくらいあからさまと云えばあからさまだし」
 万太郎はコーヒーカップをテーブルに置いて頷きながら、このあゆみの云い様を聞いて、少しばかり安堵している自分を見るのでありました。当然そうであろうと思っていたのではありますが、一方に一抹の得体の知れぬ不安もありはしたのであります。
 しかしそれをあゆみの今の口調からきっぱり確認出来て、思わず胸を撫で下ろしたと云ったところでありますか。いや勿論、あゆみが狸でない事が大前提ではありますが。
「僕は若先生と新木奈さんの道場での絡みが、実は一番大きな心配事なのです」
「そうね。威治さんと新木奈さんの間には初日から妙な軋轢が生じて仕舞ったしね」
「まあそれは、起こるべくして起こった、ものでしょうがね」
 万太郎がそう云うとあゆみはまた円らな瞳を向けるのでありました。それでもあゆみの耳は万太郎が無意識に何かをまわりくどく揶揄しいるその残響を聞き取ったようで、向けられたその瞳の奥には些か警戒の色が含まれているように見えるのでありました。
「起こるべくして起こった、ってどう云う事?」
「いやまあ、序に云って仕舞えば、あゆみさんを見る目が、新木奈さんも若先生と同様だって事も、実はあゆみさんは疾うに気づいていたんでしょう?」
(続)
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