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お前の番だ! 275 [お前の番だ! 10 創作]

 是路総士は威治教士が来た時には、見所へ座る事は先ずないのでありました。若い者で適宜切り盛りしろと云う配慮であるようでありました。そうなったら威治教士は自分の頭を押さえる者が道場にいないのを幸いに、次第にやりたい放題にふる舞い出すかと思われたのでありましたが、万太郎が危惧する程に不埒な真似はしないのでありました。
 最初に仕出かした無調法を、その表情からは窺い知ることが出来ないながら、少しは悔いているようであります。幾ら無神経な威治教士とて、あゆみの不興を買うのは全く本意ではないと自重していると云うのであるなら、満更愚かでもないと云うものでありますか。
 しかしそうなると心穏やかでないのは新木奈でありました。新木奈はあれ以来、威治教士を大の苦手とするようになるのでありましたが、まあ、それも当然でありましょう。
 初対面で不意に痛めつけられて、痛がって見せると武道を習おうとする者の了見でないと怖い顔で詰られるのでありますから、それはもう立つ瀬もないと云ったところでありましょうか。元々新木奈は、技を施される時の痛みに対して必要以上に構えるところがありましたし、自分より格上の人間に対しては敬遠して近づかない態度でありましたから。
 稽古中に回り指導をしている威治教士が傍に来ると途端に、新木奈の全身が緊張のために硬くなっているのが傍目にもはっきり判るのでありました。再び激痛を伴う指導を受けたり屈辱的な言葉を浴びせられでもしたらどうしようかと、新木奈は自分の稽古相手よりも、傍にいる威治教士の方に過剰に意識を向けて緊張して仕舞うようでありました。
 威治教士も、何かちょっかいを出すと大袈裟過ぎる反応をする厄介なヤツだと新木奈の事を思いなしてか、全く言葉もかけないし指導もしないのでありました。ただ、傍に立ってじっと新木奈の動きを眉根を寄せながら見ていたりするのは、威治教士のある種の威迫行為で、新木奈の心を掻き乱して面白がっているようではありましたか。
 威治教士の姿が道場に在る場合には、新木奈は何時も見せるヘラヘラ笑いは極力控えているのでありました。これに関してのみは威治教士の稽古参加が齎した思わぬ好都合な効果であるかなと、万太郎は多少複雑な表情で少しくは歓迎するのでありました。
 威治教士の稽古参加は二週に一度の割ではあるけれど、決まった曜日に来ると云うわけではないのでありました。でありますから威治教士のやって来る日だけ、選んで稽古を休むと云う対策も新木奈には出来ないのでありました。
 新木奈としては威治教士と同様、別に稽古が主たる目的ではなく、あゆみに逢いたさに通って来ているのでありますから、これは実に悩ましい問題でありましたか。あゆみが最近道場に常駐するようになったのは大いに歓迎するところでありますが、それとほぼ同時に現象するようになった威治教士の稽古参加は、思いの外の困厄だったでありましょう。
 あゆみに対する忠義立てから稽古は休まないようにしたいし、二週に一度とは云え道場で威治教士の顔を見るのは何にも増して気が重いし、嗚呼何と世の中は儘ならぬ事よと、屹度新木奈は己が不運を嘆いているでありましょう。万太郎としては、そう云う新木奈の心境を色々忖度するのは特に不愉快な事でもないのでありました。
 この点万太郎も結構人が悪いと云う事が出来るでありましょうか。威治教士にこれまでの新木奈に対する苦々しい思いの、意趣返しをして貰っているような按配でありますか。
(続)
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