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お前の番だ! 274 [お前の番だ! 10 創作]

「それは有難い。あゆみに色々教えて遣ってくれ」
「教えるなんて烏滸がましいですが、俺は少し長く道場長と云う役職を経験しているから、あゆみちゃんのためになるような事も少しは話せるでしょう。あゆみちゃんには常勝流総本部道場長として、これから大いに活躍してもらいたいし、協力は惜しみませんよ」
「一つよろしく頼むよ」
 是路総士は威治教士に浅く頭を下げるのでありました。
「なあに、お安いご用です。俺はあゆみちゃんの兄貴のような心算でいますから」
 威治教士はまたもあゆみを見るのでありました。あゆみはこう云われては、礼儀から冷淡一辺倒ではいられないと思ったのか、愛想に少し口を綻ばすのでありました。
 あゆみのこの妙ちきりんな笑いは威治教士に対する愛想笑いではあるものの、見た目としては、無愛想笑い、とも云うべき笑いではないかと万太郎は何となく考えるのでありました。要するに、無愛想を誇張して仕舞うところの愛想と云う、複雑な表現でありますな。
 しかしそれにしても威治教士は道場で今の今、あんな不調法を演じて見せておきながら、いけしゃあしゃあと如何にもしおらし気な事を平気で宣う辺り、矢張り恥を知りもしないし、全く以ってシャイでも何でもないと云う事であるなと万太郎は断じるのでありました。その厚顔無恥に開いた口が塞がらない、とはこういう場面で使う言葉でありましょうか。
「ではこの辺で失礼します」
 威治教士は是路総士に低頭してから立ち上がるのでありました。礼儀から万太郎とあゆみは威治教士を門まで出て見送るのでありました。
「また近い内に」
 威治教士は門の内からお辞儀をするあゆみに、にこやかに手を上げて見せるのでありましたが、特段道場での自分の不調法を気に病んでいるような気配も更々なく、あゆみに如何にも爽やかそうな笑いを送って寄越す辺り、あの事を不調法とは端から思ってもいないのでありましょう。いったいどういう神経をしているのかと万太郎は、呆れると云うよりも何故かその人格に畏れのようなものまで感じて仕舞うのでありました。
 この威治教士の「また近い内に」は、すぐに実現するのでありました。何をどう考えたのか、それから後威治教士は二週に一度程総本部道場を訪うようになるのでありました。
 それも決まって一般門下生稽古の時間を狙って顔を出すのでありました。別に取り決めたわけでもないのに、それは何となく恒例化するのでありました。
 まさか来るなとは云えないので万太郎としては閉口するのでありましたし、あゆみとて屹度同様であったでありましょう。是路総士は特にそれを問題とは思っていない様子で、稽古にちょっとした刺激が加わるだろうと云う気楽な見通しであったでありましょう。
 興堂範士も威治教士の言に依れば、交流促進として威治教士の出稽古を好意的に見ているようでありましたし、寧ろ推奨していると云う事でありました。しかし威治教士の魂胆は、あゆみに逢いたさに繁く通って来ているだけなのだと判り切っているのであります。
 威治教士の一般門下生稽古への参加で現実の弊害が出たならば、万太郎は是路総士に談判する心算でありました。早手回しに事を起こせば、角が立つでありましょうから。
(続)
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