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お前の番だ! 273 [お前の番だ! 10 創作]

「どうだったかな、ウチの道場長代理の稽古は?」
 是路総士は着替えを終えて座卓の方に来た威治教士に言葉を向けるのでありました。
「なかなか締まった、良い稽古でした」
 威治教士にしては珍しく、そつのない返答が返ってくるのでありました。ただ、如何にもそつのない返答を敢えてしているのだと云う意地の悪い仄めかしが、その無表情の顔にちゃんと潜ませてあるように万太郎には見受けられるのでありました。
 そこへあゆみが茶を持ってくるのでありました。あゆみは先程の稽古時の不体裁な経緯があるものだから、何となく威治教士の前に冷淡な手つきで茶を置くのでありました。
「飯の支度が出来ているのなら、威治君の分と私の分を持ってきてくれるか?」
 是路総士が盆を小脇に立とうとするあゆみに云うのでありました。
「ではすぐに運ばせます」
 あゆみはそう云って立ち上がるのでありました。運ばせます、と云うのでありますから、あゆみは自身でそれを運んでくる気はないのでありましょう。
「あ、いや、ちょっと用があるので、無調法ですが俺はこれで失礼します」
「何だ、もう帰るのかい?」
「ええ。ウチの親父さんでもないのに、俺がそんな厚意に与ると叱られますし」
「そんな事はあるまいよ。遠慮は無用だ」
 是路総士は威治教士に笑いかけるのでありました。
「いや、今日のところは本当にこれで失礼します」
 威治教士は是路総士の顔の前に掌を向けるのでありました。察するに、先程の稽古で自分が仕出かした不手際を恥じて、早々に退散したいと云うところであろうかと万太郎は考えるのでありましたが、それ程恥を知る威治教士でもなかろうとも思うのであります。
「まあ、そんなに云うのなら敢えて引き留めんが」
 是路総士は興醒めな表情をするのでありました。威治教士の食事の用意は手落ちなくしてあるであろうに、あゆみも一向に引き留める言葉を口から出さないのでありました。
 あゆみのこう云う冷淡な風情が癪に障って、威治教士は帰ると云い張るのだと云うのが万太郎の推察でありました。しかしそれ程シャイでもなかろうとも思うのであります。
「また後日、ゆっくりとお邪魔しますよ。あゆみちゃんの料理も魅力だし」
 威治教士はそう云って、立った儘で是路総士と威治教士の遣り取りを窺っていたあゆみに笑いかけるのでありました。あゆみは不興そうに瞼で一礼のみ返すのでありました。
「それならお父さんによろしく伝えてくれ」
 是路総士も長々とは引き留めにかからないのでありましたが、これは人つきあいに対しては諸事にあっさりとしている是路総士の何時もの応接流儀でありましたか。
「その内に、立場の同じ者同士で、あゆみちゃんとも色々意見を交換したいから、改めてゆっくりお邪魔しようと思っていますよ」
 威治教士はもう一度あゆみの方に視線を投げるのでありました。あゆみは先程よりももっと無愛想に無言で一礼するのでありました。
(続)
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