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お前の番だ! 272 [お前の番だ! 10 創作]

 要するに、稽古中にあゆみにじゃれつくような態度の新木奈を後ろから目撃し、悋気を起こした諸事に無分別な威治教士がそれを懲らしめようとして、技に託けて必要以上の痛みを、選りによって道場作法に日頃から弁えのない筆頭格の新木奈に与えたために起こった、何とも下らない不体裁であろうかと万太郎は内心げんなりしているのでありました。万太郎としては両者に即刻の退去を云い渡したいところでありましたが、相手はこの道の先輩であり他派の人でもある威治教士と、内弟子でもなく専門稽古生でもない一般門下生の新木奈でありますから、そんな荒けない事も成る丈しないで済ませたいのでありました。
「若先生、総本部での一般門下生稽古では少し手加減をお願いします」
 別派とは云え指導者であるのだから、威治教士に手加減をせねばならない理由を逐一あれこれ云い聞かせる必要もないかと、万太郎はそれだけ静かに云うのでありました。威治教士は万太郎を挑むような目で見るのでありましたが、万太郎はそれに取りあわないで、半眼の無表情の儘、静穏な顔を威治教士に向け続けているのでありました。
「何か、俺が酷い事を仕出かしたみたいな雰囲気になっているが、・・・」
 威治教士は抗弁をしようとするのでありましたが、半眼の奥の万太郎の目が意外に強梁な光を発しているのを認めて、竟たじろいで後の言葉を曖昧にするのでありました。
「新木奈さんも、稽古中は無闇な発声は慎んでください」
 万太郎は丁寧な言葉つきで、矢張り無表情な顔を新木奈に向けて云うのでありました。新木奈は、怒っていると云うよりは寧ろ鉄壁に微笑んでいるように見える万太郎の無表情に、返って圧倒されて怯んだように声もなく頷くのでありました。
「さあ、それではこれでこの場は納めて、稽古を続けましょう」
 万太郎が促すと先ずあゆみが万太郎に一礼してから、その場を離れて回り指導に復帰するのでありました。威治教士もあゆみとは違う方向に離れていくのでありました。
「皆さん方も稽古を再開しましょう」
 万太郎は手を止めてその場の推移を遠巻きに見ていた周りの門下生達に、どうぞ、とでも云うように両手を差し出すような仕草をして見せるのでありました。
 これでこの場は短時間に一応無事に収めた事になるかと、万太郎は安堵して小さく溜息をつくのでありました。その万太郎の溜息を聞きつけて、すぐ近くにいた新木奈が何を勘違いしたのかビクリと体を震わせたのは、万太郎には意外の反応でありましたか。

 稽古を終えて、万太郎が稽古の無事の終了を是路総士に報告するため師範控えの間に行くと、威治教士が部屋の隅で着替えをしているのでありました。威治教士はちらと万太郎の方に目だけを向けてから、万太郎の出現を無視して着替えを続行するのでありました。
 万太郎は一応作法から、お客さんである威治教士の方に座礼を送るのでありました。その後に是路総士に対して、格式張って低頭するのでありました。
「押忍。本日最後の一般門下生稽古を滞りなく終了いたしました」
「はい、ご苦労さん」
 是路総士は座卓の向こうから万太郎にお辞儀を返すのでありました。
(続)
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