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お前の番だ! 271 [お前の番だ! 10 創作]

 万太郎はそれ以上の遣り取りを中断させようと、その場に足を向けるのでありましたが、あゆみが居るのだから大丈夫であろうと途中で思い直すのでありました。若し威治教士が何か妙な真似でもしようとしたら、自分よりあゆみが先に止めるでありましょうから。
 万太郎はあゆみにその場の差配を任せて、他の門下生達への指導を再開するために踵を回すのでありました。威治教士にしてもまさかあゆみの目の前で顰蹙を買うような真似なんぞを、幾ら無分別だと云っても、好んで仕出かす事はない筈であります。
 しかし万太郎の後頭部を、すぐに新木奈の憚りのない悲鳴が直撃するのでありました。万太郎がいそいで首を回すと、畳に頽れて右肩を左手で庇うように抑えた新木奈と、その傍でその新木奈を睥睨するように立つ威治教士の姿を認めるのでありました。
「大丈夫ですか、新木奈さん?」
 あゆみが身を屈めて新木奈に顔を近づけるのでありました。
「ああ、いや、大丈夫です」
 新木奈は立ち上がって肩の具合を見るように何度か腕を回すのでありました。それから不体裁を繕うようにあゆみに笑いを送るのでありました。
 どうやら重大な事故が起こったと云うのではないなと、万太郎は一先ず胸を撫で下ろすのでありました。万太郎は少し離れてその場の様子を窺うのでありました。
「お前は随分大袈裟な声を出すヤツだなあ」
 威治教士が憫笑を浮かべて新木奈に云うのでありました。「そのくらいで悲鳴を上げているようなら、武道の稽古なんか出来ないだろう」
 そう云われて新木奈は怯えと敵意と屈辱感が綯い交ぜになったような表情で、威治教士を及び腰で見返すのでありました。
「威治先生、専門稽古でもないのに、いきなり肩の強い制圧は控えてください」
 あゆみが憮然とした表情で威治教士の無神経さに抗議するのでありました。
「いや、特に強く極めたわけではないよ。コイツが大袈裟な声を上げただけだ」
 威治教士はあゆみに繕うような笑いを向けた後に、もう一度新木奈の顔を見るのでありました。新木奈は如何にも小心そうにその視線を反射的に避けるのでありました。
「でも、相手が一般門下生である事を考慮していただかないと困ります」
「一般門下生だとしても黒帯を締めているんだから、この程度で悲鳴を上げるのは可笑しいよ。ウチの道場だったら白帯の初心者でも平気でこれくらいは耐えるが」
「ここはオタクの道場ではありません」
 あゆみが威治教士のあくまでもの抗弁に憤りの色を表すのでありました。
「何かありましたか?」
 何やらすぐに片づきそうにないものだから、仕方なく万太郎が間に入るのでありました。横から現れた万太郎に、威治教士は如何にも不快そうな目を向けるのでありました。
「俺の一本取りにコイツが過剰な反応をしただけだ」
 威治教士は新木奈を指差すのでありました。その指差す威治教士の姿を、万太郎は敢えて表情を加えない目で見据えるのでありました。
(続)
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