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お前の番だ! 267 [お前の番だ! 9 創作]

 万太郎はまた是路総士の方に向き直って訊ねるのでありました。
「そうだな、威治君が出ると云う事だし、私はここで稽古が終わるのを待っていよう」
「押忍。承りました」
 万太郎は是路総士に座礼してから顔だけを威治教士に向けるのでありました。「では、稽古開始の五分前になったらお迎えに参ります」
 万太郎は障子を閉めてから受付兼内弟子控え室に行くのでありました。そこには狭間が居て、開け放った障子戸から玄関の様子を見ているのでありました。
「狭間、稽古の五分前になったら師範控えの間に行って威治教士を道場にお連れしろ」
「押忍。興堂派の若先生が稽古に参加されるのですか?」
「そうらしい」
「専門稽古でもないのに、ですか?」
「そうだ」
「へえ、それは珍しいですね」
「折角来た序でに、と云う事だろう」
「ひょっとして、あの若先生が中心指導をなさるのですか?」
「いや、若先生はあくまでもお客さんだから、それは予定通り自分がやる心算だ」
「押忍。判りました」
 狭間はそう云って万太郎に頭を下げるのでありました。その間、稽古にやって来た門下生が二人程、万太郎と狭間にお辞儀して更衣室の方に急ぐのでありました。
 一旦食堂の方に戻ると、あゆみが稽古着に着替えて椅子に座っているのでありました。
「威治先生が稽古に参加されるようですね」
 顔を向けたあゆみに万太郎が無表情に云うのでありました。
「そうみたいね」
 あゆみのその云い様は、専門稽古ではなく一般稽古に出ようと云う威治教士の意に、万太郎と同じく多少の困惑があるように見受けられるのでありました。万太郎もあゆみも神保町の興堂派道場に出稽古に行く場合は、一般稽古は遠慮して専門稽古にしか出ないのでありましたし、興堂派の花司馬筆頭教士も板場教士も調布に来る場合はそうでありました。
 専門稽古生よりは練度に於いて多少劣る一般門下生が、同じ常勝流とは云っても他派の技を摘み食いしても、混乱こそすれ資するところはなかろうとの配慮からであります。まあこれは暗黙の了解のようなもので、絶対にダメと云う事ではないのでありましたが。
「一般門下生稽古ですから、予定通り僕が中心指導をしても良いのですよね?」
「それはそうよ。あくまで威治さんはオブザーバー的に参加して貰うんだから」
「判りました。ではそのように」
 万太郎は頷くのでありましたが、威治教士が上位者のわけ知り顔で普段の指導とは異なる理を無責任に門下生に教えたりしないか、万太郎は少し危惧しているのでありました。ならば万太郎は理屈に於いて、威治教士を黙らせるだけの自信は秘かにあるのでありましたが、しかしまあ、そうなると威治教士との間に些か角が立つと云うものでありましょう。
(続)
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