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お前の番だ! 258 [お前の番だ! 9 創作]

「押忍。一応念のためです。若し要らないとおっしゃられたらすぐに仕舞います」
「ああそうか。一応念のため、か」
 寄敷範士は万太郎の言に数度頷くのでありました。
「茶を上がられたら、ぼちぼち病院に向おうと思いますが」
 万太郎は手にした茶碗に息を吹きかける寄敷範士に云うのでありました。
「よし判った」
 寄敷範士は熱い茶を無理して急ぎ飲み干すのでありました。
 お迎えの万太郎達の到着を待ちきれなかったのか、是路総士はもうすっかり着替えを終えて、如何にも手持無沙汰そうな顔で病室のベッド脇の椅子に腰かけて待っているのでありました。横のベッド上には家に持ち帰るべき荷物を入れた紙袋が二つ、倒れないように互いに寄り添わせるような風情で置いてあるのでありました。
「遅くなりました」
 寄敷範士が椅子に座っている是路総士にお辞儀するのでありました。
「ご苦労さん」
 是路総士はにこやかな顔で手を上げてから腰を浮かすのでありました。
「荷物はこの二つでしょうか?」
 万太郎が訊くと是路総士は笑顔の儘で頷くのでありました。
「あたしちょっと、先生や看護婦さん達に挨拶してくるわ」
 あゆみはそう云い置いて病室から一人出るのでありました。
「もう、立ったり座ったりとか、歩行なんかは大丈夫ですか?」
 あゆみが戻るのを待つ間に、寄敷範士が是路総士に聴くのでありました。
「何も問題はないよ。何ならここから仙川の道場まで歩いて帰ろうか?」
「ああそうですか。しかしまあ、今日のところはタクシーで帰りましょう」
「稽古の方も 帰られたらすぐにお出来になるでしょうかね?」
 万太郎が訊くのでありました。
「自分ではもう出来そうな気がするが、しかし二週間、運動らしい運動もしないでベッドの上でゴロゴロしていたから、大分足腰の筋肉が落ちただろうよ」
「道場の稽古の方はあゆみとこの折野が、指導から何からしっかりやってくれていますから、総士先生は万全のお体に回復されるまで、ゆっくり養生していただいて大丈夫です」
 寄敷範士が両手に紙袋を下げた万太郎の方を指差すのでありました。
「折野には色々世話をかけたな」
 是路総士が万太郎を労うのでありました。
「押忍。とんでもありません。良い経験を積ませて貰っております」
「最初は少し心配しておりましたが、なあに、なかなかどうして、二人で良く切り盛りしていますよ。門下生達のあしらいも私なんかよりも上手なくらいで、今や道場では私や鳥枝さんより、あゆみと折野の方が連中の心服を得ているといった風ですかなあ」
 寄敷範士が万太郎を持ち上げて見せるのでありました。
(続)
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