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お前の番だ! 246 [お前の番だ! 9 創作]

「手術の直後でこんな事を訊くのも何ですが、退院は何時頃になりそうですか?」
 寄敷範士が話頭を変えるのでありました。
「抜糸が済めば大丈夫だと云う話しだ。長くても二週間程度で退院出来るだろうよ」
「まあ、退院されてもすぐに稽古復帰がお出来になると云うわけではないでしょうが、それでも総士先生が帰って来られると、我々も一安心と云ったところですなあ」
「鳥枝さんの話しでは、あゆみと折野を中心にした新体制でこれから総本部の運営に当たるわけだから、私が戻ってすぐに復帰しなくともそれでどうこうと云う事はなかろう」
「それでも総士先生が病院ではなく家にいらっしゃると云うだけで、矢張り我々の安心感が違いますよ。総士先生は常勝流の支柱でいらっしゃるのですから」
 寄敷範士は慎に真剣な面持ちでそう云うのでありました。
「まあ、常勝流の将来と云う点では、私の入院が良い転機と云うものだろうよ。流石に実業家でもある鳥枝さんは機を見るに敏、と云う気がしたよ。確かに我々老体が何時までも前面に居座っていては、将来の展望は何時になっても開けない。退院したらそれこそ私は、それに寄敷さんも鳥枝さんも、隠れ柱となって新体制を支える役に回る事にしよう」
「それは私も大いに賛同いたします」
 寄敷範士はそう応えた後で是路総士と伴に、やや後方に控えている万太郎を見るのでありました。その二人の視線に万太郎は思わす及び腰になるのでありました。
 暫くすると病室のドアが開いて、手術後の早速の見舞客が現れるのでありました。
「おお、あにさん、思ったより元気そうなお顔で」
 そう云ってベッド脇に近づくのはスーツ姿の神保町の興堂範士でありました。後ろには花司馬筆頭教士が同じくスーツ姿で大きな果物篭を持ってついているのでありました。
「ああこれはどうも道分さん」
 是路総士は居住まいを正そうとするのでありました。
「いやその儘で。気を遣わんでくださいよ」
 興堂範士は是路総士が体を動かそうとするのを、掌を見せて止めるのでありました。「背骨の手術だと聞いて心配しておりましたが、横になっていないでもう座っていらっしゃるとは全く意外でしたのう。そんな姿勢をしていて大丈夫なのですかな?」
「なあに、この方が楽なくらいですよ」
 是路総士と興堂範士がそんな会話をしている後ろで、花司馬筆頭教士が万太郎に目配せしながら果物篭を手渡すのでありました。万太郎は恭しく受け取るのでありました。
「つまらん見舞いですがあにさん、どうかご笑納ください」
 後ろの気配にあわせて興堂範士が是路総士に云うのでありました。
「いや痛み入ります」
 是路総士は背中の傷を庇ってか、興堂範士に浅くお辞儀するのでありました。
「こんなものはあにさんは喜ばれないじゃろうと思いましてな、実は中にこっそり日本酒の瓶を忍ばせてあるのです。大っぴらに酒を手渡すのも拙かろうと思いましてな」
 興堂範士は辺りを見回して悪戯小僧のような笑いを目尻に浮かべるのでありました。
(続)
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