お前の番だ! 238 [お前の番だ! 8 創作]
「寄敷先生がいらっしゃいました」
万太郎は台所にいるあゆみに報告するのでありました。
「ああそう。じゃあ、お茶をお出ししなくちゃね」
「僕が持っていきましょうか?」
「ううん、昨日のお礼もあるからあたしがお出しするわ」
あゆみはそう云って二人分の茶を用意するのでありました。万太郎は受付兼内弟子控え室に行ってそこに揃っていた来間とジョージと山田に、寄敷範士に挨拶した後で、師範控えの間の前以外の廊下の拭き掃除を命じてから食堂に戻るのでありました。
「後で呼ばれたら、あたしと万ちゃんは控えの間に来るようにって」
あゆみが万太郎に茶を淹れてくれながら云うのでありました。
「押忍、いただきます」
万太郎はあゆみの対面側の椅子に座って茶碗を取り上げるのでありました。「僕はこれから出稽古が増えるのでしょうかね?」
「どうかしらね」
「総士先生の代わりが務まるのは両先生しかいらっしゃいませんから、両先生は総本部に常駐されて、お二方が出稽古にいらしていた支部や同好会への出張指導を僕が受け持つのが、一番無難な調整ではないかと思うのですがねえ」
「そうね。そうなるとあたしの方も出稽古が増えるかも知れないわね」
あゆみは茶を一口、控えめな音を立てて啜るのでありました。
「しかし鳥枝先生や寄敷先生が今まで担当されていた支部に、僕のような軽輩が助手ではなく指導者として出向いても、向こうの門下生の心服はなかなか得られませんよねえ」
「そうでもないんじゃない。万ちゃんは結構色んなところで評判が良いわよ」
「いやそれは気軽に声をかけられる存在と云うだけで、向こうの人の敬服を得ているわけじゃありませんからね。そんな僕を俄に指導者として迎えてくれるかどうか」
「それはあたしも同じよ」
「いやいや、あゆみさんは筆頭教士ですから大丈夫でしょう」
万太郎は今までずっと手に持っていた茶碗の熱さに竟に耐えかねて、それをテーブルの上にそっと置いて、冷ますために掌を大袈裟に摺りあわせるのでありました。
「でも実際問題として、武道の指導者が女だと云うのは矢張りハンデだと思うわ」
「しかしそのハンデを、ぎゅうと封じこむ力量があゆみさんにはあるじゃないですか」
「あら、そうでもないわよ。この頃では万ちゃんに体術では叶わないし」
「いや、よく云いますよ。僕なんかは未だ指先であっさりコロリと転がされる口です」
万太郎はそう云って、テーブルの茶碗を取るのでありました。少しは冷めたようで、先程のような熱さは指先に伝わってこないのでありました。
呼ばれたので師範控えの間に向かうと、座卓を挟んで鳥枝範士と寄敷範士が頭をつきあわせて、前に置いた紙に目を落としているのでありました。
(続)
万太郎は台所にいるあゆみに報告するのでありました。
「ああそう。じゃあ、お茶をお出ししなくちゃね」
「僕が持っていきましょうか?」
「ううん、昨日のお礼もあるからあたしがお出しするわ」
あゆみはそう云って二人分の茶を用意するのでありました。万太郎は受付兼内弟子控え室に行ってそこに揃っていた来間とジョージと山田に、寄敷範士に挨拶した後で、師範控えの間の前以外の廊下の拭き掃除を命じてから食堂に戻るのでありました。
「後で呼ばれたら、あたしと万ちゃんは控えの間に来るようにって」
あゆみが万太郎に茶を淹れてくれながら云うのでありました。
「押忍、いただきます」
万太郎はあゆみの対面側の椅子に座って茶碗を取り上げるのでありました。「僕はこれから出稽古が増えるのでしょうかね?」
「どうかしらね」
「総士先生の代わりが務まるのは両先生しかいらっしゃいませんから、両先生は総本部に常駐されて、お二方が出稽古にいらしていた支部や同好会への出張指導を僕が受け持つのが、一番無難な調整ではないかと思うのですがねえ」
「そうね。そうなるとあたしの方も出稽古が増えるかも知れないわね」
あゆみは茶を一口、控えめな音を立てて啜るのでありました。
「しかし鳥枝先生や寄敷先生が今まで担当されていた支部に、僕のような軽輩が助手ではなく指導者として出向いても、向こうの門下生の心服はなかなか得られませんよねえ」
「そうでもないんじゃない。万ちゃんは結構色んなところで評判が良いわよ」
「いやそれは気軽に声をかけられる存在と云うだけで、向こうの人の敬服を得ているわけじゃありませんからね。そんな僕を俄に指導者として迎えてくれるかどうか」
「それはあたしも同じよ」
「いやいや、あゆみさんは筆頭教士ですから大丈夫でしょう」
万太郎は今までずっと手に持っていた茶碗の熱さに竟に耐えかねて、それをテーブルの上にそっと置いて、冷ますために掌を大袈裟に摺りあわせるのでありました。
「でも実際問題として、武道の指導者が女だと云うのは矢張りハンデだと思うわ」
「しかしそのハンデを、ぎゅうと封じこむ力量があゆみさんにはあるじゃないですか」
「あら、そうでもないわよ。この頃では万ちゃんに体術では叶わないし」
「いや、よく云いますよ。僕なんかは未だ指先であっさりコロリと転がされる口です」
万太郎はそう云って、テーブルの茶碗を取るのでありました。少しは冷めたようで、先程のような熱さは指先に伝わってこないのでありました。
呼ばれたので師範控えの間に向かうと、座卓を挟んで鳥枝範士と寄敷範士が頭をつきあわせて、前に置いた紙に目を落としているのでありました。
(続)
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