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お前の番だ! 236 [お前の番だ! 8 創作]

「鳥枝先生が色々調整されると云う事だ」
「明日の午前稽古の中心指導は折野先生が担当ですよねえ?」
 万太郎は教士となっているので、来間は万太郎の事を尊称をつけて呼ぶのでありました。何となくそう云う呼称が自分にはそぐわないような気がして、万太郎は最初は面映ゆいような気分になるのでありましたが、この頃はまあ、慣れて仕舞うのでありましたけれど。
「そうだな。その後の専門稽古が鳥枝先生だ。夜は八王子に出張指導に行く。あゆみさんも夜は確か小金井の出張指導だな」
「折野先生の助手は誰を連れて行くのですか?」
「片倉の筈だが、ひょっとしたら片倉は道場に残って、一人で行く事になるかも知れんなあ。まあ、明日の鳥枝先生の調整次第だが」
 片倉と云うのは専門稽古生でありました。四年程前から、専門稽古生で自ら望む者は、準内弟子として積極的に道場の殆どの稽古に参加させると云う方針が打ち出されてから、道場には若い者が交代で常時二三人つめているようになったのでありました。
 流石に仕事を持っている門下生は時間的に都合がつけられないので、その殆どは大学生でありましたか。しかし中に一人、傍らに語学学校の臨時講師として夜に仕事をしながら、常勝流を本格的に学びたいと云うアメリカ人が異色の顔として在るのでありました。
「明日は、朝は誰が来るんだ?」
「ジョージと山田です」
 このジョージと云うのがそのアメリカ人でありますが、ジョージ・コーエンと云う名前で歳は既に三十を超えているのでありますが、長身でスマートで映画俳優のような端正な顔立ちをしていて、一般門下生の女性会員からかなりの人気を得ている男でありました。山田と云うのは片倉と同じく大学生で、大柄でジョージとは逆に慎に厳つい顔をして、しかしながら心根の方は大いに優しく、細かいところまで気の回る好漢でありまして、風貌に関しては鳥枝範士の若い頃とそっくりだと前に寄敷範士が評していた男であります。
「ジョージは、夜は仕事があるだろうから、あゆみさんの小金井の出張稽古は山田が助手としてついて行く事になるのか?」
「そうですね。あの厳つい顔は、あゆみ先生のボディーガードとして最適です」
「あゆみさんにボディーガードは必要ないだろうよ」
「それもそうか。あゆみ先生の方が山田より遥かに強いですからね」
「まあ、取りあわせの妙、と云うのはある。美女と醜男と云う」
 万太郎が小声でそんな冗談を云っていると、電話を終えたあゆみが食堂に戻って来るのでありました。別にあゆみを貶したり揶揄したりするような冗談ではないのでありますが、万太郎はあゆみと目があうと何となくどぎまぎとするのでありました。
 次の日の朝、万太郎の指示で来間とジョージと山田に掃除をさせていると、早々に鳥枝範士が道場に姿を現すのでありました。丁度玄関引き戸の硝子拭きをしていた万太郎は、慌てて雑巾をバケツの縁にかけてからお辞儀するのでありました。
「押忍。お早うございます」
(続)
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