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お前の番だ! 228 [お前の番だ! 8 創作]

「いやいや、実態は本当に使い走りの雑用係ですよ」
 良平はまた掌を車のワイパーにするのでありましたが、しかし一応謙遜しているのでありましょうが、万太郎にはその仕草が一種の自信に裏打ちされた謙譲であると見えるのでありました。良平はこの三年で、社会人として大いに成長を遂げたようであります。
 それに比べて自分はどうかと万太郎は心の端で考えるのでありました。この間、教士、の称号は得たものの、貰う給金は三年前よりは一万円上がって、それでも月に五万円であるし、今もって内弟子として道場に寝泊まりする未だ半人前の身の上であります。
 そろそろ三十に手が届こうとしていると云うのにこの儘で自分の今は、それに将来は大丈夫なのかと、普段は考えもしない焦りのような感情が良平を見ていてふと、頭の中に兆すのを万太郎は止められないのでありました。自分の将来像、となると万太郎は皆目見当もつかないのでありましたが、しかしまあ、将来は将来なのだから今あれこれ心配してもどうにもならないかと、持ち前の呑気さでその不安を一先ず脇に退けるのでありました。

 控え室の外に複数の人の気配がするのでありました。万太郎が扉を開くと、手術前に挨拶を交わした執刀医が、看護婦を二人引き連れて部屋の中に入って来るのでありました。
「手術は無事に終わりました」
 執刀医は先ずテーブル奥に座っている鳥枝範士と寄敷範士に報告するのでありましたが、両範士は勿論、向かいに座っていた大岸先生もあゆみも一緒に立つのでありました。執刀医が手術着ではなく普通の白衣で現れたところを見ると、術後に身支度に時間を要したため、その分余計に、ここへ現れるのが遅れたものと万太郎は推察するのでありました。
「有難うございました。お世話様です」
 鳥枝範士がそう云いながらお辞儀するのでありました。ほんの少し遅れて、部屋にいた残りの五人も律義らしく医師に向かって一礼するのでありました。
「これで患者さんの脚の麻痺は、まあ、すっかりなくなる事はないのですが、かなり軽減する筈です。ご自身の意志で一定程度は動かせるようになると思いますよ。同時に腰の痛みも大幅に軽減する筈です。それに排尿障害の方も改善が見こまれます」
「一定程度、ですか?」
 寄敷範士が医師に不安気に訊ねるのでありました。
「杖で歩けるくらいには回復すると思います」
「踏ん張ったり、素早く動かしたりするのは?」
 これは鳥枝範士が同じく不安げに訊く言葉でありました。
「うーん、素早く、ねえ」
 医師はそう唸って顎下の無精髭を撫でるのでありました。「まあ、ご本人のこれからのリハビリ次第でと云うところでしょうかねえ」
「リハビリ次第で、間違いなく前のように動かせるようになりますかな?」
 鳥枝範士が質問を重ねるのでありました。
「間違いなく、と云われるとそこまで請けあうのは、今は何とも。・・・」
(続)
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