お前の番だ! 224 [お前の番だ! 8 創作]
「さて、もうぼちぼち四時間を過ぎるなあ」
四人が沈黙している中で、鳥枝範士が急にそう声を上げるのでありました。他の三人は期せずして同時に自分の腕時計に目を落とすのでありました。
夕刻の六時を過ぎて、窓の外はすっかり夕闇に包まれているのでありました。
「そろそろ終わるんじゃないかしらねえ」
大岸先生がそう云うのは、俄かに兆した不安を自ら打ち消すためでありましょうか。その時、不意にドアの外に人の気配がするのでありました。
万太郎が扉を開けると、良平の顔があるのでありました。そう云えば万太郎が良平と逢うのは一か月ぶりでありましょうか・
「何だお前か。てっきり手術が終わったので執刀医が説明に現れたのかと思ったぞ」
良平が控え室内に入ると鳥枝範士が舌打ちするのでありました。
「済みません会長。会社が引けてから飛んで来たんです」
良平は鳥枝範士に慌てて低頭するのでありましたが、良平は三年前に道場を去って鳥枝建設の正社員となって以来、鳥枝範士の事を会長と呼ぶのでありました。常日頃からそう呼ぶのが常態となったので、この頃はそれが如何にも自然な風でありましたか。
「未だ手術中なのか?」
良平は万太郎の方に顔を向けるのでありました。
「ええ。少し長引いているようです」
「で、大丈夫なのか?」
「医者でもないお前がそんな事を心配せんでも良い」
鳥枝範士が良平を叱るのでありました。
「済みません」
良平は急いで鳥枝範士にお辞儀してから横目を万太郎に向けて、鼻梁に鳥枝範士には見えないように皺を作って、げんなり顔をして見せるのでありました。
「良君は今でも道場にいた頃と同じで、鳥枝先生には叱られてばかりのようね」
あゆみが良平に声をかけるのでありました。
「他の社員より怒鳴り易いものだから、自分には余計当たりがきついのです」
「お前がなかなか仕事で成果を出さんからだ」
鳥枝範士は一喝するのでありましたが、しかし漏れ聞くところに依ると良平は道場で四年間内弟子として鍛えられたためか、どんなきつい仕事も繰り言一つ云わずに淡々と熟すし、しかもそれなりに成果をちゃんと出しているようで、会社ではなかなかに好評価を得ているようであります。確かに鳥枝範士にしてみればまるで立つ瀬のない程に叱ってもへこまない良平は、ある意味で実に頼もしい鍛え甲斐のある社員と云う事でありましょうか。
確かにこの病院の控え室に於いても良平が現れた途端に、今までの緊張した空気が急にグッと凪ぐのでありますから、その醸し出す緩やかな個性を会社にあっても鳥枝範士が大いに重宝に思っているようなのは、傍で見ても判ると云うものであります。まあ、道場で内弟子をしていた時も、良平はあんまり諸事にめげない男ではありましたか。
(続)
四人が沈黙している中で、鳥枝範士が急にそう声を上げるのでありました。他の三人は期せずして同時に自分の腕時計に目を落とすのでありました。
夕刻の六時を過ぎて、窓の外はすっかり夕闇に包まれているのでありました。
「そろそろ終わるんじゃないかしらねえ」
大岸先生がそう云うのは、俄かに兆した不安を自ら打ち消すためでありましょうか。その時、不意にドアの外に人の気配がするのでありました。
万太郎が扉を開けると、良平の顔があるのでありました。そう云えば万太郎が良平と逢うのは一か月ぶりでありましょうか・
「何だお前か。てっきり手術が終わったので執刀医が説明に現れたのかと思ったぞ」
良平が控え室内に入ると鳥枝範士が舌打ちするのでありました。
「済みません会長。会社が引けてから飛んで来たんです」
良平は鳥枝範士に慌てて低頭するのでありましたが、良平は三年前に道場を去って鳥枝建設の正社員となって以来、鳥枝範士の事を会長と呼ぶのでありました。常日頃からそう呼ぶのが常態となったので、この頃はそれが如何にも自然な風でありましたか。
「未だ手術中なのか?」
良平は万太郎の方に顔を向けるのでありました。
「ええ。少し長引いているようです」
「で、大丈夫なのか?」
「医者でもないお前がそんな事を心配せんでも良い」
鳥枝範士が良平を叱るのでありました。
「済みません」
良平は急いで鳥枝範士にお辞儀してから横目を万太郎に向けて、鼻梁に鳥枝範士には見えないように皺を作って、げんなり顔をして見せるのでありました。
「良君は今でも道場にいた頃と同じで、鳥枝先生には叱られてばかりのようね」
あゆみが良平に声をかけるのでありました。
「他の社員より怒鳴り易いものだから、自分には余計当たりがきついのです」
「お前がなかなか仕事で成果を出さんからだ」
鳥枝範士は一喝するのでありましたが、しかし漏れ聞くところに依ると良平は道場で四年間内弟子として鍛えられたためか、どんなきつい仕事も繰り言一つ云わずに淡々と熟すし、しかもそれなりに成果をちゃんと出しているようで、会社ではなかなかに好評価を得ているようであります。確かに鳥枝範士にしてみればまるで立つ瀬のない程に叱ってもへこまない良平は、ある意味で実に頼もしい鍛え甲斐のある社員と云う事でありましょうか。
確かにこの病院の控え室に於いても良平が現れた途端に、今までの緊張した空気が急にグッと凪ぐのでありますから、その醸し出す緩やかな個性を会社にあっても鳥枝範士が大いに重宝に思っているようなのは、傍で見ても判ると云うものであります。まあ、道場で内弟子をしていた時も、良平はあんまり諸事にめげない男ではありましたか。
(続)
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