お前の番だ! 222 [お前の番だ! 8 創作]
「ああ、狛江だったかにある研究所ですね。それは僕も知っています」
「今はそこで、何とか云う大がかりな掘削装置の研究チームの主任さんなんだって」
「優秀な社員であるから、出世も順調にしていると云うわけですね?」
「万ちゃんさあ、・・・」
あゆみが眉宇に少しの険しさを湛えるのでありました。「新木奈さんが嫌いなの?」
そんなに直截に聴かれると、正直に嫌いだとあっさり云い難いと云うものであります。
「いや別に、そんな事はありませんが」
万太郎は無表情に無抑揚に云うのでありました。
「何か万ちゃんの云い方には、嫌味があるように感じるわ」
「そうですかねえ。そんな心算は更々ないのですがねえ。僕の不徳の致すところです」
「ほらほら、そう云う云い方」
あゆみは大袈裟に鼻に皺を寄せて見せるのでありました。「新木奈さんは、云う事が如何にも優等生ぽいけど、でもそれはつまり本当に優秀な人だからかも知れないわよ」
そんな事があるものか、と万太郎は秘かに熱り立つのでありました。千歩譲って、若し新木奈が優等生であるとしても、少なくともそう云う辺りを露程も匂わさない人格の奥床しさと云う部分では、大いに欠けるところがあると云うものでありましょう。
どだい実体が優秀ではないから、優秀そうな体裁に腐心していると見るのが正鵠を射ているように思えるのであります。新木奈にはそう云う卑しさ、或いは、いかがわしさがあるように万太郎には竟、見えて仕舞うのでありました。
「ところで、優秀でとっても良い人で、すごく魅力的な新木奈さんの事はさて置いて」
あゆみは万太郎の気持ちを弄ぶような云い草で前置きをするのでありました。「鳥枝先生と寄敷先生とお父さん、それにひょっとしたら道分先生も交えて、内輪で良君の結婚のお祝い会を何処かちょっとした料理屋さんで近々催そうかって話しが、今出ているの」
「へえ。それにはあゆみさんや僕も出るんでしょうか?」
新木奈から話頭が逸れたのに少しくほっとしながら万太郎は訊くのでありました。
「そう。それに香乃子ちゃんも呼んで」
「それは良いですね」
「鳥枝先生が全部取り仕切るから、あたしや万ちゃんは何もしなくて済みそうよ」
「それなら僕等はお客さん待遇、・・・と云うわけにはいかないでしょうが、まあ、余計な仕事は割り当てられない、と云う辺りが何とも有難いですかねえ」
「屹度鳥枝先生の事だから、すごく格式のある都心の料亭とかに席を設けそうよ」
「ああそうですか。それは今から楽しみだ」
万太郎は嬉しがるのでありましたが、先程のあゆみとの言葉の遣り取りが何となく重く気持ちの底の方に沈殿して、時々小さな泡を億劫そうに放出しているようでありました。
***
(続)
「今はそこで、何とか云う大がかりな掘削装置の研究チームの主任さんなんだって」
「優秀な社員であるから、出世も順調にしていると云うわけですね?」
「万ちゃんさあ、・・・」
あゆみが眉宇に少しの険しさを湛えるのでありました。「新木奈さんが嫌いなの?」
そんなに直截に聴かれると、正直に嫌いだとあっさり云い難いと云うものであります。
「いや別に、そんな事はありませんが」
万太郎は無表情に無抑揚に云うのでありました。
「何か万ちゃんの云い方には、嫌味があるように感じるわ」
「そうですかねえ。そんな心算は更々ないのですがねえ。僕の不徳の致すところです」
「ほらほら、そう云う云い方」
あゆみは大袈裟に鼻に皺を寄せて見せるのでありました。「新木奈さんは、云う事が如何にも優等生ぽいけど、でもそれはつまり本当に優秀な人だからかも知れないわよ」
そんな事があるものか、と万太郎は秘かに熱り立つのでありました。千歩譲って、若し新木奈が優等生であるとしても、少なくともそう云う辺りを露程も匂わさない人格の奥床しさと云う部分では、大いに欠けるところがあると云うものでありましょう。
どだい実体が優秀ではないから、優秀そうな体裁に腐心していると見るのが正鵠を射ているように思えるのであります。新木奈にはそう云う卑しさ、或いは、いかがわしさがあるように万太郎には竟、見えて仕舞うのでありました。
「ところで、優秀でとっても良い人で、すごく魅力的な新木奈さんの事はさて置いて」
あゆみは万太郎の気持ちを弄ぶような云い草で前置きをするのでありました。「鳥枝先生と寄敷先生とお父さん、それにひょっとしたら道分先生も交えて、内輪で良君の結婚のお祝い会を何処かちょっとした料理屋さんで近々催そうかって話しが、今出ているの」
「へえ。それにはあゆみさんや僕も出るんでしょうか?」
新木奈から話頭が逸れたのに少しくほっとしながら万太郎は訊くのでありました。
「そう。それに香乃子ちゃんも呼んで」
「それは良いですね」
「鳥枝先生が全部取り仕切るから、あたしや万ちゃんは何もしなくて済みそうよ」
「それなら僕等はお客さん待遇、・・・と云うわけにはいかないでしょうが、まあ、余計な仕事は割り当てられない、と云う辺りが何とも有難いですかねえ」
「屹度鳥枝先生の事だから、すごく格式のある都心の料亭とかに席を設けそうよ」
「ああそうですか。それは今から楽しみだ」
万太郎は嬉しがるのでありましたが、先程のあゆみとの言葉の遣り取りが何となく重く気持ちの底の方に沈殿して、時々小さな泡を億劫そうに放出しているようでありました。
***
(続)
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