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お前の番だ! 221 [お前の番だ! 8 創作]

「まあ、そう云う事かな」
「で、その素直な新木奈さんがどう、自分の周りの人の事とか、良さんの事なんかをちゃんと気にかけているわけですか?」
「本当は一般門下生の中で自分が一番良君と親しくしていると思われるのに、三方さんに良君の送別会の云い出しっぺを任せて仕舞ったのが、三方さんにも良君にも、何となく申しわけないような気がずっとしているんだって」
「はあ、そうですか。へえ。・・・」
 万太郎はその、新木奈の云わんとするところがあんまりピンとこない、と云った風の、故意に鈍い反応で間の手を入れるのでありました。万太郎に云わせれば、そんな事をあゆみに後で悔やんで見せるくらいなら、さっさと自ら働けば良かっただけの話しであります。
「そう云うのを聞いて、あたし何となく急に、新木奈さんが判ったような気がしたの」
「どう判ったのですか?」
 万太郎は次第に苛々してくる自分の気分を抑えるのに苦労するのでありました。
「この人案外、人が良いのかも知れないってさ」
 これは危険な兆候ではなかろうかと万太郎はたじろぐのでありました。あゆみは新木奈のさしたる事もない詐術に、見事に嵌ったのではなかろうかと思えるのであります。
 まさか賢明なあゆみがこうも簡単に新木奈に唆されるとは、全く以って今の今まで考えだにしない事でありました。新木奈のそのような言は、若し額面通りに受け取るとしても、それ程グッとくるようなものではちっともないと思われるのでありますけれど。
 しかし何故かあゆみの心の中に張られた幾本かの弦の一本を、微妙に弾いたようであります。こればかりは万太郎の窺い知れないあゆみの心の様態でありますから、如何とも手の出しようがないものでありますが、しかし全く、危険な兆候、であります。・・・
 何が、それに誰に対して最も危険なのかと云う部分は、この時万太郎は思い到らないのでありました。万太郎は思わぬあゆみの言葉に思わず不安を感じたのでありましょう。
「他にどのような話しをされたのですか?」
 万太郎はあゆみに内心の無愛想が見えないように、頬を緩めて訊くのでありました。
「そうね、新木奈さんの学生時代の話しとか、仕事の話しとか、旅行の話しとか。まあ、鳥枝先生が来たから、どれもそんなに長い時間じゃないけどね」
「ざぞや優秀だった学生が優秀な成績で今の会社に就職して、優秀なる社員として業績をどんどん上げて、一般的には拘らない面に拘った、優秀な旅行をしたのでしょうかね?」
「優秀な旅行?」
 あゆみが万太郎を少し眉根を寄せて見るのでありましたが、万太郎の言葉に潜む一種あからさまな棘を警戒するような気配でありましたか。
「いやまあ、そんなのはないか。何となくリズムに乗って口から出た言葉ですよ」
「確かに、大学は機械工学科に進んで、新木奈さんにはその学科が自分の性分にはあっていたんだって。それで、かなりのめりこむように勉強はして、大学院に進もうと思っていたけど、色々あって、結局大学の指導教授の推薦で今の会社の研究所に入ったんだって」
(続)
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