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お前の番だ! 209 [お前の番だ! 7 創作]

「そう云えば、今日も書道展に来てくれた新木奈さんなんかは、コーヒーに対してもケーキに対しても、それに色んな料理に対してもあれこれ薀蓄があるみたいよ」
 急にあゆみの口から新木奈の名前が出てきたので、万太郎はコーヒーカップを口に運ぶ動きを途中で止めるのでありました。
「新木奈さんはコーヒーとかケーキとか、料理にお詳しいのですか?」
「そうみたいよ。ちょっと話しただけだけど」
 一体何時、あゆみは新木奈とそんな話しを交わしたのでありましょうか。道場での稽古以外で二人が顔をあわせる機会はないでありましょうし、稽古中は勿論、稽古前も後も、あゆみには新木奈とケーキなんかの話しをしている暇はないでありましょうに。
「新木奈さんと稽古以外で逢われて、そんな話しをされたのですか?」
 してみるとひょっとしたら、あゆみと新木奈が二人で外で逢ったのかも知れないと思って、万太郎はそんな事を問うてみるのでありました。
「ううん。何時だったか稽古が終わってから、ちょっとそんな話しをした事があるの」
 そのあゆみの返答に、何故か万太郎は一先ずの安堵を覚えるのでありました。
「内弟子の我々は稽古後に、一般門下生の人とそんな話しをする時間はないでしょう?」
「まあ、普段はそうだけど、偶にはそう云う機会もない事もないでしょう?」
 逆にあゆみからそう問われて、まあ、それはそうだがと万太郎は頷くのでありましたが、何れにしても、あゆみと新木奈が外で二人で逢ったと云う事実はないようであります。
「新木奈さんは建設機械の会社に勤めているのでしたよね?」
「そうみたいね。大手の建設機器メーカーで、開発とか設計の仕事をしているみたいね。鳥枝建設とも取引があるって話しだし」
「その新木奈さんが、料理とかケーキに対してあれこれ薀蓄があるのですか?」
「仕事とは直接関係はないんだろうけど、ほら、あの人は色々多趣味な人らしいじゃない。だからその多い趣味の一つに、食通、と云うのがあるんじゃないかしら」
「ははあ、成程」
 万太郎はやや大きめのケーキの欠片を口に運んで、味わう、と云うよりは、食らう、と云った風情で咀嚼するのでありました。
「新木奈さんに依ればチーズケーキはこの辺だと、神保町の喫茶店の李白とか、山の上ホテルのも美味しいんだって。あたしは未だどちらも食べた事ないけど」
「へえ、そうですか」
「コーヒーなら、神保町の交差点近くのトロワバグはネル挽きコーヒーが飲めるそうよ」
「ああ、そうですか」
 万太郎はコーヒーを口に運ぶのでありました。何時もの日本茶を飲む時の癖で、不作法ながら竟、少し啜り上げる音なんぞを立てて仕舞うのでありました。
「料理なら新世界菜館の上海蟹とか北京亭の焼売とか、錦町の方にちょっと行った辺りの出雲そばとか神田郵便局裏の薮そばとか、洋食の松栄亭とか、色々教えてくれたわ」
 いずれの店も万太郎は全く知らないのでありました。
(続)
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