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お前の番だ! 207 [お前の番だ! 7 創作]

「どっちでもご勝手になってください」
「はいはい、ご勝手にならせて貰います」
 良平はそう云った後無理に呑みこんだ饅頭が喉につかえたらしく、頬を膨らませて咳きこんでから慌てて自分の胸を拳でやや強めに叩くのでありました。
「ところで良さん、この温泉饅頭ですが、僕等だけで食って総士先生やあゆみさんにお裾分けをしないでも構わなかったのですか?」
 万太郎は今更とは思いながらも、もう残りが後二つになって仕舞った温泉饅頭の並べてあった紙函を見下ろして訊くのでありました。
「向こうのおっかさんが、朋輩さんと食べてね、なんと云って渡してくれた物だから、俺達だけで食い終って構わんだろうよ。総士先生は甘いものは苦手のようだし、あゆみさんはどちらかと云うと左党の口だろうからなあ」
「いや、あゆみさんは甘い物も断然大丈夫みたいですよ」
「おやそうかい?」
「前に喫茶店で、コーヒーとケーキをご馳走になった事がありますから」
「おや、万さんだけ何でそんな余禄に与ったんだい?」
 良平がそれは意外だ、と云う顔をして、最後に残った饅頭の内の一つを手に取りながら万太郎を見るのでありました。「あゆみさんに奢ってもらった事は、俺は一度もないぞ」
「もう二年くらい前の話しですよ。大岸先生のところの書道展があって、その最終日に手伝いに行った帰りにご馳走して貰ったんです」
「ふうん、記憶にない処を見ると、その時俺は手伝いに行かなかったのかな?」
「そうですね。良さんは香乃子ちゃんとデートか何かしていたんじゃないですか?」
「二年前なら、それもあるかも知れないか」
 良平はそう云いながら仕舞いの饅頭を手に取って、それを万太郎に渡してくれるのでありました。残った二つ伴に自分が食うのは気が引けたためでありましょう。

 大岸先生の所属する一門の、上野で開催された書道展の最終日も丁度道場の休みの日と重なっていたので、万太郎はあゆみと一緒に平服で手伝いに行くのでありました。良平はその日も香乃子ちゃんとのデートがあると云うので来ないのでありました。
 最終日は午後三時に受付を終了して、撤収作業は大岸先生と一門の関係者の差配に依り業者が行うので、万太郎とあゆみは四時にはお役御免となるのでありました。一門の慰労会とか打ち上げの宴は、日を改めて何処かのホテルの宴会場で盛大に開かれると云う事で、大岸先生にその折の出席を約して帰宅のために二人は上野駅に向かうのでありました。
 最終日には威治教士は来なかったものの、一般門下生の新木奈が仕事で近くに来た序でと云う触れこみで姿を見せるのでありましたが、あゆみに対してなかなか売りこみ熱心なものだと、万太郎は新木奈の労を多とするよりは寧ろ呆れるのでありました。あゆみは義理からもそう云う新木奈に、歓喜の表情を以って丁重に三度もの来場の礼を云うのでありましたが、新木奈にしたら推参の甲斐があったと秘かにほくそ笑んだ事でありましょう。
(続)
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