お前の番だ! 206 [お前の番だ! 7 創作]
「はいはい。ご勝手にやらせて貰います」
良平が口の端にニヤついた笑いを湛えて温泉饅頭を咀嚼するのでありました。万太郎はマグカップのコーヒーを大きな音を立てて啜り上げるのでありました。
「しかし、良さんがここに居るのも後四か月ですねえ」
「そうだなあ。どんどん時間が過ぎていくなあ」
良平はそう応じながらまた温泉饅頭を一つ摘み上げるのでありましたが、良平の口調はしんみりしたものではちっともなくて、心ここに在らずと云った風のぞんざいなものでありました。まあ、そんな風に装っているのかも知れませんが。
「ここを出たらすぐに結婚式を挙げるのですか?」
「いやあ、同時に鳥枝建設の正社員としての仕事も始まるから、順序としてはそっちが落ち着いてから、と云う段取りになるだろうなあ」
「でもまあ、ここを出た後すぐに香乃子ちゃんの実家の方に移るんですよねえ?」
万太郎もマグカップを脇に置いて温泉饅頭を一つ取るのでありました。
「そう云う予定だけど、結婚式は未だ先になるだろうなあ」
「じゃあ、その間は同棲生活と云う事ですか?」
「嫁さんの実家で同棲生活、なんて云うのも妙な話しだろう。第一それじゃあ、その言葉のそこはかとなく漂わせる艶っぽさも儚さも、何もない」
「それもそうか。なら、婿さん見習い、と云う立場だ」
「随分色気のない言葉だな。第一俺は別に向こうの家に養子に入るわけじゃないぞ」
良平は未だ口の中に残っているのに、温泉饅頭をまた一つ摘み上げるのでありました。
「ま、それはそうかも知れませんがね」
「それはそうかも知れないけど、同じようなものだと思っているんだろう、万さん?」
「いやいや、別に同じだとは思っていませんが、しかしまあ、良さんが望む結婚が首尾良く出来るのなら、どっちだって構わないだろうとは思いますよ」
万太郎は口の中の饅頭を呑みこんで次の一つに取りかかるのでありました。
「その云い方は俺がより強く香乃子との結婚を望んでいる、と云った憶測に依っているみたいに感じられるがなあ、実はそうではなくて、香乃子の方が俺と結婚したくて仕様がないと云うのが実際なんだぜ。そこのところ誤解がないように頼むよ」
「ああそうですか。そんな事別にどっちでも良いのですが、良さんがそう強調したいのなら、それを尊重しておきますかね。後で香乃子ちゃんに確認すれば判る話しですしねえ」
万太郎はニヤニヤと笑いながら饅頭を口に押しこむのでありました。
「おいおい、香乃子に俺がそんな事云っていたなんて無神経に云うなよ。それに香乃子だって素直にそうだとは、体裁悪くて云い難いだろうからな」
良平は万太郎の言にたじろいだようで、また新たに取った饅頭で万太郎の眉間を指差すような仕草をしながら云うのでありました。
「良さんは恐妻家になる資質たっぷりみたいですね?」
「いや、愛妻家にはなるかも知れんが、恐妻家にはならんよ」
(続)
良平が口の端にニヤついた笑いを湛えて温泉饅頭を咀嚼するのでありました。万太郎はマグカップのコーヒーを大きな音を立てて啜り上げるのでありました。
「しかし、良さんがここに居るのも後四か月ですねえ」
「そうだなあ。どんどん時間が過ぎていくなあ」
良平はそう応じながらまた温泉饅頭を一つ摘み上げるのでありましたが、良平の口調はしんみりしたものではちっともなくて、心ここに在らずと云った風のぞんざいなものでありました。まあ、そんな風に装っているのかも知れませんが。
「ここを出たらすぐに結婚式を挙げるのですか?」
「いやあ、同時に鳥枝建設の正社員としての仕事も始まるから、順序としてはそっちが落ち着いてから、と云う段取りになるだろうなあ」
「でもまあ、ここを出た後すぐに香乃子ちゃんの実家の方に移るんですよねえ?」
万太郎もマグカップを脇に置いて温泉饅頭を一つ取るのでありました。
「そう云う予定だけど、結婚式は未だ先になるだろうなあ」
「じゃあ、その間は同棲生活と云う事ですか?」
「嫁さんの実家で同棲生活、なんて云うのも妙な話しだろう。第一それじゃあ、その言葉のそこはかとなく漂わせる艶っぽさも儚さも、何もない」
「それもそうか。なら、婿さん見習い、と云う立場だ」
「随分色気のない言葉だな。第一俺は別に向こうの家に養子に入るわけじゃないぞ」
良平は未だ口の中に残っているのに、温泉饅頭をまた一つ摘み上げるのでありました。
「ま、それはそうかも知れませんがね」
「それはそうかも知れないけど、同じようなものだと思っているんだろう、万さん?」
「いやいや、別に同じだとは思っていませんが、しかしまあ、良さんが望む結婚が首尾良く出来るのなら、どっちだって構わないだろうとは思いますよ」
万太郎は口の中の饅頭を呑みこんで次の一つに取りかかるのでありました。
「その云い方は俺がより強く香乃子との結婚を望んでいる、と云った憶測に依っているみたいに感じられるがなあ、実はそうではなくて、香乃子の方が俺と結婚したくて仕様がないと云うのが実際なんだぜ。そこのところ誤解がないように頼むよ」
「ああそうですか。そんな事別にどっちでも良いのですが、良さんがそう強調したいのなら、それを尊重しておきますかね。後で香乃子ちゃんに確認すれば判る話しですしねえ」
万太郎はニヤニヤと笑いながら饅頭を口に押しこむのでありました。
「おいおい、香乃子に俺がそんな事云っていたなんて無神経に云うなよ。それに香乃子だって素直にそうだとは、体裁悪くて云い難いだろうからな」
良平は万太郎の言にたじろいだようで、また新たに取った饅頭で万太郎の眉間を指差すような仕草をしながら云うのでありました。
「良さんは恐妻家になる資質たっぷりみたいですね?」
「いや、愛妻家にはなるかも知れんが、恐妻家にはならんよ」
(続)
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