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お前の番だ! 198 [お前の番だ! 7 創作]

 万太郎は大岸先生にそう云われて勿論嬉しくはあるけれど、味わいのある異趣に変わり得ると云う自分独特の癖、と云うのが今一つ自分でピンとこないのでありました。
「だから、本当はそう云う癖はこちらとしては直すのだけど、ちょっと矯正して仕舞うのは勿体ないような気がして、その儘放っておいているのよ」
「それは私も同じだな。当然書道の話しではなく武術の事だがな」
 是路総士が大岸先生の後を引き取るのでありました。「折野は後の先で、相手の攻撃の発動に対して、少し早い目に見切って動き出すところがある」
「怖いものだから、それにせっかちな性分なものでそうするのだと自分で思います。正真正銘のこれが、見切り発車、と云うものでしょうかね。僕の欠点だと反省しています」
「いや、せっかちとか、そう云うものではなくて」
 是路総士が少し鋭い目になって万太郎を見るのでありました。「相手の動き出しの端、を見切るのが人よりほんの少し早いのかも知れない」
 是路総士はグラスに残っているビールを飲み干すのでありました。万太郎は空かさず下ろされたそのグラスにビールを注ぎ足すのでありました。
「端、或いは、瞬間、と云っても、それは点ではなく、極々、極々短いながら長さを持っている線なんだな。一瞬、と云う一定時間だな。その一定時間の内に動けば端を捉えた事にはなる。しかしもう少し微細に見て、その一定時間の内の最初を捉えるか最後を捉えるかとなると、どうやら折野は最初を捉えて動いているように私には見えるな」
 万太郎には判るような、上手く判らないような是路総士の言葉でありました。万太郎は是路総士の目を注視するのでありました。
「だから相手にすれば折野は、一見して早まって見切ったように思う。しかし実はそうではないし、理に外れてもいない。ちゃんと相手の動きの端と合致した動きをしている」
 是路総士は続けるのでありました。「ただ、早まったと見えるだけだ」
「そう云えば、あたしも万ちゃんの見切りは早いように感じるわ」
 あゆみが加わるのでありました。「でも、例えば体術の正拳で万ちゃんの上段に当身を入れたり、手刀で横面に打ちこんだりすると、勿論剣術も同じだけど、万ちゃんは早まって動いたと感じるけど、こちらの正拳なり手刀の軌跡はもう修正が利かないの。元々狙った万ちゃんのいなくなった空間に、まるで吸いこまれるように向かうしかない時があるわ」
「折野の見切りが早まったものなら、攻撃側は修正が利く。しかし修正が利かないとなると、それは後の先の合理の動きで、ちゃんと相手の動きの端を捉えた動きと云う事になる」
 是路総士がそう云って、注ぎ足されたビールを一口飲むのでありました。
「万ちゃんが早まったと感じて、しめたと思ったのに、それでもこちらの修正が利かないで空を切らされるのは、何だか知らないけど後でちょっと悔しくなるわね」
「はあ。僕としては良く判らないけど一応、どうも済みません」
 万太郎は曖昧にあゆみに謝るのでありました。その万太郎の冗談のような的外れなたじろぎを見て、あゆみはちょっと吹き出すのでありました。
「別に万ちゃんが謝る事はないんだけどさ」
(続)
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