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お前の番だ! 192 [お前の番だ! 7 創作]

 万太郎が日本酒の徳利を最後に盆に載せたら出す食事の用意は総て整ったので、二人は夫々料理と酒の載った盆を両手で捧げ持って、師範控えの間に向かうのでありました。すると師範控えの間からは鳥枝範士の笑い声が漏れ聞こえてくるのでありました。
 万太郎とあゆみは思わず顔を見あわせるのでありました。どうやら陰鬱な空気が中で沈滞しているわけではないようであります。
 障子戸を空けると是路総士も鳥枝範士も、どちらかと云うと緩んだ表情をしているのでありました。これは一定の良好な結論が出た左証でありましょうか。
 皿を卓に並べている間も、二人は到って和やかに釣りの話しをしているのでありました。こうなると、返ってここで出た結論と云うものを早く知りたいものであります。
 あゆみが居残って給仕をする筈でありましたが、是路総士はふと思いついたように良平を給仕に寄越すようにと指示するのでありました。
「承りました」
 あゆみは給仕の時に、良平と香乃子ちゃんの結婚話しの首尾が聞き出せると踏んでいたようでありますが、それが叶わなくなって些か興醒めしたような声で返事するのでありました。まあ、話しはほぼ結論に達したもののすっかり綺麗に整ったわけではなくて、もう少し会話する必要があるために良平を寄越せと是路総士は指示したものでありましょう。
 良平の給仕で是路総士と鳥枝範士が師範控えの間で食事をしている間に、万太郎とあゆみも母屋の食堂で卓を囲むのでありました。二人は残念ながら未だ聞き出せない話しが大いに気になってか、何となく寡黙に口を動かしているのでありました。
「良さん、両先生と何の話しをしていたのですか?」
 食事も済んで、鳥枝範士を道場から送り出し、是路総士の風呂も終わって内弟子部屋に帰って来てから、万太郎は布団を延べながら良平に訊くのでありました。今頃屹度、あゆみも母屋の居間で是路総士に同じような質問をしているのでありましょう。
「ああいや、まあ、一身上の事、だよ」
 良平が曖昧にそう云うものだから、万太郎は質問を具体的にするのでありました。
「良さんと香乃子ちゃんとの結婚の話しでしょう?」
 良平がやや口を尖らせて万太郎の顔を凝視するのでありました。しかし特に不快そうな色はその目には浮いてはいないのでありました。
「何だ、何で万さんが知っているんだ?」
 そう訊かれて万太郎は、香乃子ちゃんからあゆみが相談を受けて、それを万太郎が先程聞いた経緯をごく簡略に述べるのでありました。
「・・・と云う事で、あゆみさんも心配しているようですよ」
「ふうん。香乃子からあゆみさんに相談したと云う事は聴いていたけど」
「で、両先生と良さんの話しあいなんだから、勿論その話しだったんでしょう?」
「ま、そう云う事だけどな」
「で、どういう風になったのですか?」
 万太郎は敷き終えた布団の上に胡坐に座って話しの先を催促するのでありました。
(続)
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