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お前の番だ! 188 [お前の番だ! 7 創作]

「で、三人の話しあいは、一体何なのですか?」
 万太郎の催促に、そうする必要は特にない筈でありますが、あゆみが少し顔を寄せて小声になるのは、話の内容にややデリケートなところがある故でありましょうか。
「良君の結婚の話しよ」
「結婚の話し! ですか?」
 万太郎は驚いて声を張り上げるのでありました。万太郎の方も、他に誰も聞いていないし、師範控えの間の方にここでその程度に発した声が聞こえる筈もないのでありますが、思わず大声になった事におどおどとして仕舞うのでありました。
「そう。良ちゃんの結婚の話し」
「一体誰と良さんが結婚するのですか?」
「ほら、鳥枝建設の愛好会の川井香乃子ちゃんよ。知っているでしょう?」
「ああ、香乃子ちゃんですか、相手は」
 万太郎の顔が思わず笑顔になるのでありました。そう云えば二年程前から良平は川井香乃子ちゃんとつきあっていたのであります。
 いやそれ以前から、常勝流武道の内弟子になって鳥枝建設に交代で鳥枝範士の助手として稽古に行き始めた早々から、良平は川井香乃子ちゃんを見初めていたようであるのは、万太郎も良平の口ぶり等から何となく察していたのでありました。となれば良平の結婚相手は、当然川井香乃子ちゃん以外にはない筈でありました。
「実はあたし、一週間程前に香乃子ちゃんにその事を相談されていたのよ」
 あゆみが矢張り声を潜めた儘で云うのでありました。
「そう云えば最近、香乃子ちゃんは土曜日とか日曜日とか総本部にも顔を出して、稽古後にあゆみさんに妹分のように纏わりついているのを見かけていましたが」
「そうね。香乃子ちゃんが総本部に顔を見せるようになって、ほら、稽古では女子は少ないでしょう、だから自然にあたしに懐いてきて、あたしも学校のクラブで上級生が下級生を見る時のような気になってさ。それで、良君との事を一月前くらいに相談されたの」
 あゆみがその間の事情を大雑把に説明するのでありました。「それから因みにだけど、道場であたしと睦んでいるように見えたのは、そう見せかけているだけで、実は香乃子ちゃんは良君に逢いに総本部道場に来ていたと云う事になるわけよ」
「ははあ、成程」
 万太郎は頷くのでありました。「で、全く以って相思相愛なわけですよね、二人は?」
「それは云うまでもないわ。じゃなければ結婚なんて話しにならないでしょう」
「それはそうだ」
 万太郎は頭を掻くのでありました。「この頃鳥枝建設での稽古だけでは物足りなくなってきて、それで総本部の稽古にも意欲的に来るようになったんだとばかり思っていましたが、それは世を欺く仮の姿で、実は良さんと逢い引きする了見でやって来ていたと云う按配ですね。僕は全く気づかなかったけど、香乃子ちゃんもなかなか狸だなあ」
 万太郎はあゆみに、してやられたと云う顔をして見せるのでありました。
(続)
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