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お前の番だ! 180 [お前の番だ! 6 創作]

 万太郎は竟、余計な愛想の一言、或いは秘かな揶揄の一言なんぞもつけ加えるのでありました。その余計な一言を吐いた事を、すぐに万太郎は心の内で自責するのでありました。
 その間威治教士は終始無言で万太郎の方に顔を向けないのでありました。万太郎如きのあゆみへの対応なんぞは無視、と云う事でありましょう。
 万太郎はギャラリーを並んで出て行くあゆみと威治教士を立って見送るのでありました。横で一緒に二人を見送る大岸先生が二人の姿がガラスの自動扉から外に出て、通りの人ごみに紛れるのを確認した頃あいで万太郎に言葉をかけるのでありました。
「あの威治さんと云う人は時々総士先生や興堂先生の話しの中に出てくる事があって、どんな人かと思っていたけど、今日初めて会ってみると何となく癖のある人のようね」
 すっかり好評価、と云う事ではなさそうな大岸先生の云い草に対して万太郎は、そうですねと正直なところを云うのも憚られて、何となく言葉を返すタイミングを失するのでありました。道場でなら即座に、押忍、と応えれば何に依らず無難に済むのでありましたが。
「随分豪勢なアレンジ花篭をいただいたようだから、こっちも色々愛想をするんだけど、そう云う気遣いをしてもあんまり捗々しい反応がなかったわ」
 それはそうでありましょう。威治教士は偏にあゆみの気を引く事のみを目当てに、一丁気合を入れて大奮発したのでありましょうから。
 依って、大岸先生の愛想等は興味の対象外なのでありましょう。それにしてもそう云う辺りをあからさまにしないのが、大人の対応と云うものでありましょうけれど。
「ところでこちらもそろそろ、お昼ご飯の準備をしなくてはね」
 大岸先生はそう云って、先程万太郎の受付仕事を手伝ってくれた女性を場内に捜すのでありました。その女性の姿が見つかると大岸先生は手招きするのでありました。
「昼食のお弁当を、この万ちゃんと一緒に綾膳に取りに行って来てくれない?」
「はい判りました」
 その女性は大岸先生に頷いた後万太郎を見るのでありました。万太郎は、お供します、と云う代わりに軽くお辞儀をして見せるのでありました。
「綾膳に行けば十人分仕出し弁当を用意していてくれている筈だから」
「では行ってきます」
 件の女性はもう一度大岸先生に頭を下げるのでありました。
 綾膳と云うのは仕出し弁当屋の屋号でありました。御徒町のガードを潜って上野駅の方に少し戻ると、鈴本演芸場と云う寄席の近くにその弁当屋はあるのでありました。
 大ぶりの弁当を五人分ずつ入れた二つの紙袋を万太郎が持ち、それにもう一つ、弁当につき物の水菓子か何かがこれも十人分入った紙袋を一つ女性が持って、二人は来た道をまたすぐに戻るのでありました。両手に持った弁当のその重さからして、これは屹度豪華な仕出し弁当に違いないと万太郎は当たりをつけるのでありました。
「貴方も展示会の手伝いに来た大岸先生のお弟子さん?」
 横に並んで歩く女性が万太郎に話しかけるのでありました。
「ええまあ、一応そうなります。あんまり熱心なお弟子とは云えませんが」
(続)
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