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お前の番だ! 179 [お前の番だ! 6 創作]

「でもあたしがそう云うからって、その話をまたここで蒸し返すのは嫌よ」
「はい。そう云う事は僕ごときがあれこれ考える事でもありませんから」
 そう云いながら万太郎はふと、そうなると総本部道場の将来はどうなるのかと考えるのでありました。結局、あゆみが鳥枝範士や寄敷範士、それに興堂範士辺りまで出てきて、是路総士の跡目を継ぐようにと説得されている図が頭の中にぼんやり浮かぶのでありましたが、話しを蒸し返さないために万太郎はその図を一先ず折り畳むのでありました。

 ぼんやり浮かんだ儘の、威治教士とあゆみが寄り添うように並んで展示してあるあゆみの書を、批評の言葉を楽し気に交わしながら眺めている図が、忙しく受付仕事をこなしている間も万太郎の頭の隅を去らないのでありました。そう云えば結構長い時間、二人は後ろの展示場に消えた儘で、あゆみはなかなか受付席には戻らないのでありました。
 万太郎は気になって度々後ろをふり返るのでありました。しかし大勢の来訪者や関係者に紛れて二人の姿を認める事は出来ないのでありました。
 目を戻す時に先程あゆみの指示で万太郎自身が壁際の台の上に置いた、威治教士から送られて来た豪勢なアレンジ花篭が見えるのでありました。万太郎は何となくその花篭が視界に入るのが嫌さに、急いで目を背けるのでありました。
「どうぞ、どうぞ、ゆっくり行っていらっしゃい」
 そう云う大岸先生の言葉が万太郎の耳に飛びこむのでありました。万太郎がそちらに目を向けると、大岸先生を間に挟んであゆみと威治教士がにこやかな顔でゆっくり万太郎の居る受付の方へ歩み寄りながら、大岸先生にお辞儀している姿が見えるのでありました。
「ああ、万ちゃん受付ご苦労様」
 傍まで来た大岸先生が万太郎に声をかけるのでありました。
「いえ、とんでもありません」
 万太郎は椅子からきびきびとした動作で立ち上がって大岸先生に浅く低頭するのでありました。どうやら展示場の奥であゆみと威治教士の二人だけで書を眺めていたのではなくて、偶々傍に来たのであろう大岸先生も交えて三人であゆみの作品を前に立ち話ししていたから、万太郎にすればかなり長い時間あゆみは戻らなかったと云う事でありましょうか。
 そう推量すると、万太郎は何とはなしに胸の痞えが下りるような心地がするのでありました。まあ、普段のあゆみの言動に鑑みれば、来客を待遇すると云う以上の了見から、あゆみが展覧会に表れた威治教士を持て成す事は、先ずないだろう事でありましょうし。
「あたしちょっと、威治さんと昼食に出てくるから」
 あゆみが万太郎に向かって云うのでありました。その言葉を聞いた途端、万太郎はまたもやすぐに、内心そわそわ且つ苛々とするのでありました。
 そう云う話しがあったから、先程こちらへ歩み来る大岸先生が「どうぞ、どうぞ、ゆっくり行っていらっしゃい」なんと云う言葉を吐いたのでありましょう。
「はい、判りました」
 万太郎は無表情を装ってあゆみに頭を下げるのでありました。「どうぞごゆっくり」
(続)
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