SSブログ

お前の番だ! 178 [お前の番だ! 6 創作]

 威治教士には少しくらいは堅苦しくあって欲しいものだと思っての、これは万太郎の揶揄半分の言葉なのでありました。
「そう云われればそうね。確かに威治さんは堅苦しくはないわね。寧ろ、・・・」
 あゆみはそこで言葉を濁すのでありましたが、その、寧ろ、の後に空に昇る湯気のように消えて仕舞った言葉が万太郎は大いに興味があるのでありました。
「若先生はあゆみさんに対してちっとも堅苦しくない口のきき方をされますが、あゆみさんは少し堅苦しい応対をなさいますね?」
「実際、そんなに親しいと云うわけじゃないからね」
「でも、子供の頃から見知った間柄だったのではないのですか?」
「それはそうだけど。あたしが小学生の頃は、ほんの偶にだけどお父さんが道分先生の道場にお邪魔する時にあたしを一緒に連れて行ったり、お正月とかで道分先生がウチに来る時に、威治さんがついて来たりして、そんな時には一緒に遊んで貰った事もあったわ」
 あゆみは電車の窓の外に視線を投げて、昔を思い出すような顔をするのでありました。
「幼馴染と云うわけですね?」
「そうね。でもあたしが小学校の高学年になる頃には、もう殆ど交流はなくなったわ」
「子供の頃に一緒に組んで稽古した事なんかはなかったんですか?」
「それは全くなかったわ、何故か知らないけど」
「総士先生や道分先生の指示で組まなかったのですか?」
「ううん、そんなんじゃないけど。今でも稽古の場で一緒になる事はあっても、威治さんと組む事は滅多にないわね。ま、別に組んでも構わないんだけど、何となく組まないわね」
「今は若先生の方は、実はあゆみさんと組みたがっておられるかも知れませんよ」
 あゆみが万太郎の方に顔を向けるのでありました。それはどう云う趣旨からの言葉なのかと云うような、やや身構えのある疑問符が瞳の中にあるのでありました。
「つまりその、小さな頃から見知っている同士でもあり、お二人共一派の跡継ぎ同士と云う同じ立場もありますから、何と云うのか、若先生はあゆみさんに大いにシンパシーを感じておられるのではないかと、まあ、そんな事を思うような、思わないような。・・・」
 万太郎は何となく自分の云い草がしどろもどろである事を意識するのでありました。
「シンパシーを感じているなら、一緒に組んで稽古したくなるの?」
「いやまあ、そうかも知れませんし、そうじゃないかも知れませんが。・・・」
「万ちゃんの云い方には、何となく引っかかるものがあるわね」
「いや別に他意があっての言葉ではないのですが。・・・」
 万太郎は他意があるのを隠蔽せんとして、さらっとそんな風に云うのでありました。
「それに前にも云ったと思うけど、あたしはお父さんの後を継ぐ気はないんだからね」
 あゆみはその日、御茶ノ水駅から歩いて興堂派道場に向かっていた折に出た話しを、またもや繰り返すのでありました。
「ああ、そう云うお考えでしたね」
 万太郎は何となく話しの矛先が変わった事を好都合と秘かに思うのでありました。
(続)
nice!(8)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 8

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

お前の番だ! 177お前の番だ! 179 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。