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お前の番だ! 167 [お前の番だ! 6 創作]

「おお、色男にしては、それは如何にも健全な青少年のデートと云う感じですねえ」
「そうかな」
 良平は万太郎のその云い草にここでは特段拘らないのでありました。
 布団に入ってから良平は万太郎に色々と、川井香乃子ちゃんの事について喋るのでありました。それはまあ、お惚気と云うものでありましょうが、万太郎は横になるとすぐに眠気に襲われて、良平の話し等はさわりの部分以外は殆ど覚えていないのでありました。
 翌朝、良平は朝食を終えると慎にいそいそとした風情で道場を後にするのでありました。万太郎とあゆみも、良平に遅れる事約一時間で揃って上野に出立するのでありました。
 あゆみはその日は書道展の初日と云うので、浅葱の地に白兎の小紋の和服を着ていて、同系色のやや濃い目の空色に、目立たぬように五つ菱模様が散りばめられている帯を締めているのでありました。そんなあゆみの改まった装いを初めて目にする万太郎は、一応スーツ姿ではあるにしろ自分とは全く不釣合いに、楚々としていながら華やいでいて、物腰のやけに艶やかな様子が矢鱈と眩しく見えて、瞼を細めて仕舞うしかないのでありました。
「大岸先生によろしくな。私も今日か明日か、ちょっと顔出ししてみるよ」
 出がけに是路総士が母屋の居間から二人を見送りながら云うのでありました。
「押忍。そのように大岸先生に伝えておきます」
 万太郎は是路総士に畏まってお辞儀するのでありました。
「良君は妙に今朝はそわそわしていたようだけど、何か大事な用事でもあるの?」
 仙川駅から乗った電車の中で横に座るあゆみが万太郎に訊くのでありました。道場関連の用事で出かける場合は、姉弟子のあゆみが座席に座っても万太郎はその前に立っているのが通常でありましたが、その日は書道展と云う道場とは直接関連のない外出でありましたから、あゆみが横に座れと指示したので万太郎は素直に従ったのでありました。
「良さんは色男をやりに行ったのです」
「何、それ?」
 あゆみが怪訝な顔を万太郎に向けるのでありました。
「有り体に云えば、つまりデートに出かけたのです」
「ふうん」
 あゆみは眉を少し上げて意外だと云う意を万太郎に伝えるのでありました。「誰と?」
「良さんに許しを貰っていませんから、今の段階で相手の名前を云うのは控えます」
「あ、そう」
 あゆみは少しがっかりした表情をするのでありました。「あたしの知っている人?」
「あゆみさんも知っていますよ。総本部道場にも偶にですが出稽古に来る人ですから」
「と云う事は、常勝流の門人だけど、総本部の門下生ではない女の人と云う事かしら」
 万太郎は仕舞ったと云う顔をするのでありました。余計な事を云って、あゆみに良平のデートの相手を特定出来るヒントを与えて仕舞ったような按配であります。
「ま、そんなような、そんなようでないような。・・・」
「そう云う女性は少ないから、ちょっと考えを巡らせばすぐに判ると思うわ」
(続)
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