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お前の番だ! 157 [お前の番だ! 6 創作]

「押忍。済みません」
 来間が真剣な面持ちで頭を下げるのでありました。
「繋り稽古の時の叱声は年季や年齢に関係ない。それは気合を入れると云うのか、激励と同じ意味なんだから、声を鋭くして多くかける事が礼儀に適っていると云うものだ」
 大声にかけては誰にも引けを取らない仲真が続けるのでありました。
「未だ慣れないもので、何となく気後れして仕舞って」
「ま、その内慣れてくれば、平然と誰に対しても大声が出せるようになるさ。そうしたら来間も一段、胆が太くなったと云う事になる」
 長久がそう云って来間の肩を手荒く叩くのでありました。
「押忍。頑張ります」
「おお、竟々長居をして仕舞った」
 長久が突然気づいたように万太郎の方を見るのでありました。「折野君は未だこれから内弟子仕事が残っているんだったな」
「皆さんのお帰りを確認して、道場の電気を消すだけです」
「いやいや忙しい折野君を引き留めて、とんだ長話しをして仕舞った」
 長久はそう云いながら立ち上がるのでありましたが、それに釣られるように他の五人も腰を浮かすのでありました。専門稽古を終えた他の門下生達はもう皆道場から退散して仕舞っていて、残っているのはこの六人だけなのでありました。
「鳥枝先生の稽古だったら、稽古が終わったらさっさと帰れと怒られるところだったな」
 長久が万太郎にニヤリと笑って見せるのでありました。「じゃあ、また明日の稽古で」
 件の五人が道場から引き揚げると万太郎は道場の点検をするのでありました。木刀が木刀かけにちゃんと揃って収まっているかとか、畳に汚れがないかとか、羽目板が傷んでいないかとか、見所の脇息とか座布団とかの小物がちゃんと隅に整頓されているかとか、納戸の扉がピタリと閉まっているかとか、あれこれ結構細かく検分するのであります。
 これは使われていない間の道場が、如何に綺麗な体裁で静まっているかでその武道の武道としての容儀や強さが明快に判るのだから、そう云うところに迂闊になるなと云う、前に鳥枝範士に指導された事項を遵守するためであります。良平が帰って来て、あゆみと三人の夜の内弟子稽古が残っているから、未だちゃんとした掃除はしないものの。
 着替えを終えた件の五人が道場に残っている万太郎に挨拶して玄関を出るのを確認して、万太郎は門下生の更衣室の方の点検に向かうのでありましたが、ここは専門稽古生が何時も気を遣ってくれているから、室内の乱れは先ずないのでありました。最後にこの部屋を出たのが長久や山仁でもありますし、そこいら辺は信頼出来ると云うものであります。

 興堂派道場の畳の上に足を踏み入れると、道場内に居た、もうすっかり顔馴染みの興堂派の門下生達が万太郎に笑顔を向けて目礼するのでありました。
「ああ折野さん、今日は少し道場に現れるのが遅かったから、ひょっとして来ないのかと思いましたよ。でも顔を見て安心しました」
(続)
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