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お前の番だ! 155 [お前の番だ! 6 創作]

 寄敷範士の声に道場中に乱舞していた蛮声がピタリと止むのでありました。門下生達は急ぎ下座に下がって正坐するのでありましたが、繋り稽古で動き続けたものだから全員が汗を滴らせながら肩で息をしているのでありました。
「さてここで、今日の技の留意点を少し」
 寄敷範士はそう云って万太郎を相手に、肩を持たれて固定された場合の二挙動の動き、その後の一挙動の動き、それから手が肩に触れた途端に始動し始める動きについて、相手の手と自分の肩との関係の持ち方やタイミングを主に、個々に、組形の上での受けの役割も含めて再度解説演武するのでありました。下座で正坐している門下生達は息を弾ませながらも、食い入るようにその寄敷範士の解説演武に目を釘づけているのでありました。
 この後の段階としては相手が肩に手を伸ばそうとするタイミングを捉えて、先ず当身でその意図を牽制無効化する稽古があるのでありました。それから受けに仕手の肩を掴むと云う限定で好きに繋らせて、それを当身と体捌きで何とか躱しながら、肘当て落とし、と云う体術の技に持ちこむところの、準乱稽古、となるのでありました。
 寄敷範士の稽古途中の解説演武が、丁度小休止の時間となると云う按配であります。しかしこの時間も正坐を崩してはならず、さして休めるものではないのでありました。
 専門稽古が終了すると、お決まり通り全員で先ず神前に、それから寄敷範士とあゆみに座礼して、寄敷範士とあゆみの退場を待って今度はその日稽古相手をした者同士で礼を交わすのでありました。これでようやく稽古の緊張感から解放されるのであります。
「折野さん、今日は有難うございました」
 全員が道場を退出するまで見届ける役目の万太郎の前に来間が膝行して来て、両手を畳について改めて威儀を正したお辞儀をするのでありました。顔から汗を滴らせていて、未だ少し息が弾んでいるようであります。
「有難うございました」
 万太郎も綺麗な座礼を返すのでありました。
「僕が相手では折野さんには稽古の足手纏いになったと思いますが」
「いやいや、そんな事はない。良い稽古が出来たよ」
 万太郎にそう返されて来間は嬉しそうな微笑を目尻に浮かべるのでありました。
「折野君、このところめっきり腕を上げたな」
 その日一緒に繋り稽古をした古株の、長久伊留也、と云う男が傍に寄って来て正坐しながら万太郎に声をかけるのでありました。歳は三十半ばと云ったところで、小学生の頃から大学時代までずっと柔道をやっていたと云うだけあって、如何にも手足が太くてがっしりとした腰つきの、やけに尻の大きいのが目立つ男であります。
「ああ、長久さん、今日は有難うございました」
 万太郎は長久にも綺麗な座礼をするのでありました。
「いやもう最近は、十年以上この道場に通っているこっちの方が、稽古ではすっかり折野君に翻弄されて仕舞うと云った具合だよ」
 長久はそう云って豪快に笑って見せるのでありました。
(続)
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