SSブログ

お前の番だ! 154 [お前の番だ! 6 創作]

 次の段階は前の一挙動の動きに次第に速度をつけるものであります。受けが肩を掴んだ途端にすぐに崩しをかけて受けの体を泳がせて、そこに乗じて仰向けに投げ捨てるのでありますが、かと云って受けの手と仕手の肩の密着が充分でない内に動き出せば、受けの手が肩からずれて仕舞って崩しが上手くかからないのであります。
 万太郎は来間が肩を掴んで固定しようとする寸前のタイミングを上手く捉まえる事が出来るので、来間の体は先のゆっくりした動きの場合と同様に、腰が前に迫り出しながら浮かされて崩れ倒れるのでありました。しかし来間はその絶妙なタイミングを未だ捉えきれないので、早く動き過ぎて万太郎の手が虚しく外れて仕舞ったり、或いは後手になって万太郎にがっちり肩を掴まれて身動きが叶わなくなったりするのでありました。
 それでも来間は額の脂汗の量を増大させながらも、果敢に万太郎に喰らいついてくるのでありました。一般稽古の方に来ていた頃と比べると、態度も、眉根に深く皺を刻んで万太郎を鋭く見る顔つきも、随分と好もしく変貌したようであります。
 このまた次の段階は、相手の手が肩に触れた瞬間に、今度は密着を避けて肩をしっかり掴まれる前に回転して相手の側面に体を回避させ、即座に首筋に猿臂の当身を繰り出してから相手を仰向けに投げ倒すのであります。タイミングさえピタリとあえば、殆ど受けが一人で突っかけて行って一人で勝手に転倒しているようにも見えるのであります。
 ここからは繋り稽古と云って、五六人で組になって一人の仕手に残りの者が次から次へと挑んでいく稽古になるのでありました。万太郎と来間が混じった組は古手の黒帯の猛者連中の組で、白帯を締めているのは来間だけでありました。
 専門稽古での繋り稽古では叱咤の声を発するのが許されているのでありました。仕手はありとあらゆる叱声や罵詈雑言とも云える蛮声を浴びせかけながら、それでも取り乱す暇もなく、次々に挑みかかって来る新手に技をかけなければならないのでありました。
 古株の中にはこの叱声の名人みたいな者がいて、仕手の気持ちを絶妙に居竦ませるような文句やタイミングを弁えているのでありました。万太郎も始めの頃はこの殺伐とした稽古の雰囲気に、竟々及び腰にならずにはいられないのでありました。
 これは云ってみれば、どんなに気持ちを掻き乱そうとされようが、平然とそう云う非常の空気を受け止められる冷静さを養成しようとする訓錬でもあります。叱声や怒声、それに敵対的な挑発をものともしないで、やるべき捌きや技をきっちりとやり遂げるための胆力を創るために必要な稽古法の一つと云えるでありましょう。
 勿論、年齢の高低や年季の長短、それに男女の違いや帯色の違いに関わりなく、誰が誰にでも許され奨励されている蛮行なのであります。この叱声と怒声は云わば仕手への好意的援助なのでありましたし、そう云う了見で行うべきものでありました。
 仕手を行う来間の気持ちが上擦っているのが見ていて判るのでありました。来間の顔色は時に赤く煮え滾り、時に蒼白となって浴びせかけられる叱声と怒声、それに体勢を立て直す暇もなく次から次へとかかってくる受けの気勢を持て余して、意の儘にならない動きで何とか懸命に当座の苦難を凌いでいると云った風情でありました。
「はい、それまで!」
(続)
nice!(12)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 12

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

お前の番だ! 153お前の番だ! 155 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。