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お前の番だ! 152 [お前の番だ! 6 創作]

 寄敷範士はこの後下座に横一列に居並ぶ門下生達に向かって、角度を変えながら三本模範を示すのでありました。万太郎は形通りに受けを取ってこの技に依って崩され投げられる次第を、明快且つ端的に演じるのでありましたが、組形における万太郎の受けは総本部道場の中で随一と云われているだけあって、寄敷範士と内弟子の万太郎の演武は見ている者が惚れ々々するくらいに様が美しく、それに迫力と説得力のあるものでありました。
「では二人で組んでゆっくりと、一々の動作の正確さを確認しつつ止めの号令がかかるまで繰り返せ。何時も云うが受けは理合いから外れた動きを取らないように。受けが故意かどうかは別として間違った動きをすると、上質の組形の稽古にはならないからな」
 寄敷範士の指示に下座の全員が揃って「押忍」と発声し範士に座礼してから、その後に横に座っていた者同士で、組むために挨拶を交わして素早く立ち上がると道場一杯に散るのでありました。万太郎は道場中央で皆と同じに寄敷範士に座礼するのでありました。
「折野さんよろしくお願いします」
 立ち上がった万太郎に後ろから来間が声をかけるのでありました。万太郎は笑顔で頷いてから、その儘道場中央辺りで来間と対峙するのでありました。
 先ず万太郎が仕手として来間を投げるのでありました。勿論万太郎のあしらいの良さもあるのでありますが、来間は教えを受けようとする素直さから、徒に力の方向を換えたりしないで万太郎の動きに緊張感を持って律義に添おうとするのでありました。
 万太郎が右左二本を終えると今度は仕手と受けが交代して、来間の肩を万太郎が掴むのでありました。来間は万太郎に始めから位負けしているようで、肩を掴まれるとそれだけで体が緊張して固くなっているのが万太郎には判るのでありました。
 でありますから、少し動くだけで来間の肩が万太郎の手との密着を維持出来なくなるのでありました。自分の肩と相手の手とが恰も接着剤で固定されているように一つに繋がっていないと、肩の動きを受けの腕に上手く伝えられないのであります。
 万太郎は組形稽古上の受けの任務通りに、密着が緩んだ時点で受けとしての動きを止めるのでありました。それは決して意地悪から動かなくなったのではなくて、仕手の不備を無言に伝えるためと云う受けとしての役割のためなのであります。
 万太郎の動きが止まったので、来間は自分のそれ以上の動きを止めるのでありました。不備を無言に指摘されたから改めてやり直すためであります。
 万太郎はもう一度来間の肩を掴んで腰を落とすのでありました。来間の肩からより一層の彼のたじろぎが伝わってくるのでありました。
 来間は密着まではなんとか漕ぎ着けるものの、その後少しでも体を動かすと万太郎の手が肩から僅かに滑って仕舞うので、二進も三進もいかなくなくなるのでありました。来間は眉間に皺を寄せて額に脂汗を浮かべるのでありました。
「ほら、もっと肩の強張りを取って」
 いつの間にか横に来たあゆみが来間に声をかけるのでありました。
「お、押忍」
 来間が眉間の皺を一層深くするのでありました。
(続)
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