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お前の番だ! 151 [お前の番だ! 6 創作]

「次、横面打ちこみ三十本、各個に始め!」
 再び万太郎の大音声の指示で門下生全員が、頭上にふり被った右手刀を矢張り継足に一歩踏み出して、前に居ると仮想した相手の蟀谷目がけて袈裟がけにふり下ろすのでありました。寄敷範士とあゆみの指導が入るのは正面打ちこみの時と同じであります。
 この後、正面上段突き、正面中段突き、正面猿臂打ちと続き、今度は左半身から左足を踏み出しながら左手でも同じく単独打ちこみの形を各三十本行うのでありましたが、全部が終了する頃には門下生達の息はすっかり上がっているのでありました。因みに常勝流では帯刀しているのが建前でありますから、足蹴りの形はないのでありあました。
 単独の基本動作が終わって万太郎の号令で全員が下座に下がると、寄敷範士が道場中央から下座隅に居る万太郎を指差すのでありました。即座に万太郎は畳を両手で打って立ち上がり中央にきびきびとした動作で走り寄るのでありました。
「では今日は、相手が肩を掴んできた時の技を幾つか行う」
 寄敷範士はそう云いながら無造作に万太郎に自分の肩を差し出すように近づくのでありました。万太郎は右手で寄敷範士の稽古着の左肩を掴むと、決して離さないように握力を籠めて腰を落として足を踏ん張るのでありました。
「先ずはこうしてしっかり持たれて固定された場合から」
 寄敷範士は万太郎の稽古着の右肘辺りを右手で柔らかく持つのでありました。それは持つと云うよりはそっと手を添えると云った方が適切でありましょうか。
「相手の袖を持った手で相手を何とかしようと云う了見では、そう簡単にはあしらえない」
 寄敷範士は下座の門下生達に向かって云ってから、一応万太郎の右袖を持つ自分の右手を遣って、万太郎を動かそうとしてみるのでありました。万太郎はどっしりと腰を落としているので、寄敷範士に袖を引っ張られても殆ど動かないのでありました。
「だからこう云う場合は持たれた左肩を使って相手を崩す」
 寄敷範士は左肩を聢と持つ万太郎の右拳に自分の肩を静かに密着させるのでありました。それに依って万太郎は拳がやんわり押されるような感覚を与えられたものだから、対抗上その肩を押し返すように力を出すのでありましたが、これはつまり寄敷範士の肩と万太郎の拳をより強固に密着させる事になるのでありました。
 寄敷範士は密着を切らないようにして、体をやや右に開いて万太郎の拳を押す方向を微妙に変えるのでありました。その動きに連れて万太郎の体が右に傾ぐのでありました。
 空かさず寄敷範士は万太郎の体の傾ぎをより大きく誘うように、万太郎の肘を右手で引くのでありました。肩と肘を窮屈な状態にされている万太郎は、左足を一歩動かして体がこれ以上崩れるのを防ごうとするのでありましたが、そこが寄敷範士のつけ目であります。
 云ってみれば万太郎が一歩足を動かした時点で彼の体は崩れているのであります。寄敷範士は万太郎の首筋に左肘で当身を入れながら万太郎の後ろに回りこむのでありました。
 寄敷範士の左肘を支点に万太郎の上体が仰け反らされるのでありました。後は寄敷範士がその儘体を沈めると、万太郎は見事に仰向けに投げ倒されるのでありました。
「これが相手の肩持ち対する、肘当て落とし、と云う技の組形だ」
(続)
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