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お前の番だ! 147 [お前の番だ! 5 創作]

 あゆみが万太郎に笑いかけるのでありましたが、その笑いを納める暇もない内に奥から人の近づく気配がするのでありました。見ると花司馬筆頭教士が、取次いだ堂下を従えて二人の方に手を上げつつ近づいて来るのでありました。
「ああこれはあゆみ先生、お久しぶりです」
 花司馬筆頭教士は先ずあゆみに、それから万太郎にお辞儀するのでありました。
「父から道分先生への言伝とお届け物を頼まれましたので、突然で不躾かとは思いましたが、折野の出稽古に一緒について参りました」
 あゆみはそう云って丁寧な一礼を花司馬筆頭教士に返すのでありました。
「ささ、お上がりになって下さい。道分先生のところにご案内します」
 花司馬頭教士は通り道を空けるように廊下の壁際に背中を寄せるのでありました。
「おお、これはあゆみちゃん、今日はどうした風の吹き回しかな?」
 師範控えの間で興堂範士があゆみを迎えるのでありました。
「突然伺いました無礼をお許しください」
 あゆみは廊下に正坐して座敷の中の興堂範士に一礼するのでありました。
「そんなところで畏まっていないで、お入りなさい」
 興堂範士に促されてあゆみは座敷に上がるのでありましたが、万太郎は花司馬筆頭教士と一緒に廊下に控えているのでありました。
「この度千葉の市川にこちらの新しい支部道場を開設されたと云うので、父から祝詞と、この粗品を預かって参りました」
 あゆみはそう云って三つ指をついて座礼した後に、横の風呂敷き包みを手にして、興堂範士の前までそっと卓上を滑らせるのでありました。
「おや、これはまた丁寧に恐れ入ります」
 興堂範士は風呂敷き包みに手を伸ばす前にあゆみにお辞儀を返すのでありました。
「お招きがあったのに所用で道場開きに参列出来ないで申しわけない事でした、何かの折には是非にも新道場に伺いたいと父が申しておりました」
「お気遣いいただいて返って申しわけない事です」
 興堂範士がまた頭を下げるのでありましたが、起こした時の目は前に置かれた風呂敷包みを捉えているのでありました。
「こりゃ、日本酒の一升瓶とお見受けしたが」
「ええ。懇意の酒屋に取り寄せさせた、豊の秋、と云う島根の方のお酒だそうです」
「ほう、それは有難い」
 興堂範士はそこでようやく風呂敷きを解いて一升瓶を手にするのでありました。「この酒は美味いと前にワシが云ったのを、律義に覚えていてくださっていたようだ」
 興堂範士の少年のようなニコニコ顔にあゆみも釣られて笑い顔になるのでありました。
「いやね、支部道場と云っても直轄ではなくて、ウチに前に居た内弟子が開いた道場でね、体育館を借りて週に三日稽古しているんじゃよ。まあ、新設支部と云う事で無愛想もならんから一応あにさんに申し上げたのじゃが、返ってお気を遣わせて仕舞ったようじゃ」
(続)
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