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お前の番だ! 146 [お前の番だ! 5 創作]

「後悔している、と云うわけではないのですね?」
「誰憚る事なく好きな稽古が出来るんだから、勿論後悔なんかしてないけど。でもまあ、あたしは跡取りにはならないわよ」
 あゆみはそう云った後きっぱりした目で万太郎を真正面から見るのでありました。
「ああ、そうですか。・・・」
 万太郎は何故かたじろいであゆみから目を逸らすのでありました。肩の風呂敷き包みがまたもや万太郎の肩先から肘に摺り落ちるのでありました。
「その件は兎も角として、道分先生は威治さんと万ちゃんに期待しているのよ。二人で力をあわせて、常勝流の将来を引っ張って行ってくれるようにってさ」
「そうですかねえ。しかしそれだけでは僕と若先生を稽古で組ませようとする道分先生の意図として、全的には納得出来ないような、出来るような・・・」
 万太郎は首を傾げるのでありました。その時にまたまた風呂敷き包みが落ちそうになるのでありましたが、急いで肩を怒らせたので今度は荷は肩先に止まるのでありました。
 神保町の交差点で白山通りを向う側に渡って暫く歩くと興堂派道場が見えてくるのでありました。考えてみれば是路総士と同じであゆみも興堂派道場へ向かう時には、水道橋駅からではなく御茶ノ水駅からの行程を当然のように選ぶのでありました。矢張り親子でありますから道筋の好き嫌いも似通っていると云う事でありましょうか。
 道場の玄関を入ると受付にはもう顔馴染みになった、堂下良郎、と云う名前の興堂派の一番若い内弟子が笑顔で万太郎達を迎えるのでありました。
「ああ、折野さん、ご苦労様です」
 堂下は受付室から廊下に出てくるのでありました。彼は興堂派の内弟子になってから未だ一年に満たない門弟で、当然白帯を締めているのでありました。
「堂下君、今日は是路先生の代参と云う事で総本部のあゆみ先生をお連れしたので、道分先生のところに行ってそのように取り次いで貰えるか。一応ここで待っているから」
「押忍、判りました。暫くお待ちください」
 堂下は万太郎とあゆみに夫々一礼してから奥に趨歩して去るのでありました。
「初めて見る顔ね」
 堂下が去った道場の奥を見ながらあゆみが万太郎に云うのでありました。
「興堂派の一番若い内弟子の堂下良郎です。なかなか元気者で愛想の良いヤツですよ。あゆみさんは未だ面識がなかったですかね?」
「うん、知らなかった。こちらに伺うのは一年ぶりくらいだから」
「堂下は内弟子になってから未だ一年は経ちませんかね。一般門下生上がりではなくて、いきなり内弟子として入門したようですから、あゆみさんは未知なのでしょう」
「いきなり内弟子として入門、と云うのは、万ちゃんや良君と同じね」
「そうですね。全く勝手が判らない儘で、当初は大いにまごついたと云う体験が同じものだから、僕や良さんには比較的懐いていますよ」
「可愛い弟分が出来たって感じね」
(続)
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