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お前の番だ! 141 [お前の番だ! 5 創作]

 尤もそれは鳥枝範士の稽古と、あゆみが参加している一般門下生稽古の時には控えているようでありました。新木奈は自分の稽古態度が些か不謹慎であるとはちゃんと自覚しているようで、その不真面目さをあゆみには見せたくはないし、そんな態度を見せようものなら、烈火のごとく怒るであろう鳥枝範士の前では慎重にしていると云う事であります。
 しかし滅多に怒声を発しない是路総士と寄敷範士の稽古の時には、勿論その場にあゆみがいない場合に限られるのでありますが、特に謹慎であろうとする気持ちも端から持ちあわせていないようで、静粛な道場に新木奈の気合のぬけた溜息とか甲高い笑い声とか、それに無用なお喋りをする声が響く事が儘あるのでありました。何の事はない、新木奈はちゃんと怒らない人を選んでそんな真似を働いているのであります。
 そう云うあざといところが判る分余計に、万太郎は新木奈に何時も苛々とさせられるのでありました。万太郎は一般門下生稽古であろうと専門稽古であろうと内弟子稽古であろうと、武道の稽古は須らく静粛に真摯に、発するのは気合の発声と押忍の返事以外は全く不要であると思っているのでありましたから、新木奈の腑抜けたような声を稽古中に聞く度に、まるで自分の真剣さを汚されているようにも感じるのでありました。
 専門稽古とか内弟子稽古でなら、是路総士も寄敷範士もそう云う気合の抜けた態度を決して許さないでありましょう。しかしまあ、比較的緩い縛りの一般門下生稽古でありますから、稽古生が楽しく稽古しているのなら大目に見ようと云うところでありましょう。
 そんな是路総士と寄敷範士の寛容をこれ幸いと新木奈は好い気な態度に出るのであり、それは幾ら一般門下生だからと云って一門弟が是路総士に対して無礼極まりなかろうと、万太郎は止むに止まれず一度窘めようとしたことがあるのでありました。しかしその時は近くにいた是路総士の苦笑を以って万太郎の任侠心は無言に制せられたのでありました。
「二人共意欲的ではあるけど、新木奈さんの方は武道の稽古とゴルフやテニスの練習を一緒のように考えているような気配があるなあ」
 是路総士が云うのでありましたが、それは万太郎としては我が意を得た言葉と云うものでありましたから、思わず頷いているのでありました。「勿論ゴルフやテニスの練習も厳しくもあろうし、その道を究めようとすれば人一倍の胆力も必要だろうがね」
「しかし武道の稽古には武道の稽古に相応しい容儀があると云う事ですね」
 万太郎が訊く、と云うより追従するのでありました。
「そうだな。ゴルフにはゴルフの練習に相応しい、テニスにはテニスの練習に相応しい態度があるのだろうし、武道の稽古に於いても、それは武道的な心根で稽古に臨まないと結局肝心なところは学べないだろうよ。どれも同じ了見なら敢えて武道をやる甲斐もない」
「新木奈さんは運動神経が良いのですかねえ、色々とスポーツをされているから」
 良平が別に意趣があってではないようでありますが話頭を変えるのでありました。
「うーん、どうかな」
 あゆみが唸るのでありました。「動きを見ていても特にそうは思えないけど」
 確かに新木奈は技をかける時も受ける時も無用な力が体に籠っていて、動き自体はかなり固いのでありました。それは痛みへの恐怖がそうさせる面もあるでありましょう。
(続)
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