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お前の番だ! 139 [お前の番だ! 5 創作]

「押忍。有難うございます」
 万太郎と良平は改まってお辞儀してから杯を干すのでありました。
「これから稽古の時には初心者の指導をしてもらわんといかんな」
 是路総士が杯を揺らして酒の量を検分しながら云うのでありました。その後で、口をつけるとすっかり飲み干すのでありました。
「押忍。到底未熟ですから、未だ初心者の指導など出来そうにありません」
 万太郎が一升瓶を取って是路総士の杯に酒を注ぎ入れるのでありました。
「いやいや、二人共一年で大分境地が進んだように見えるぞ」
「道場での立ち居ふる舞いも、すっかり板についてきたって感じよ」
 あゆみが後を引き取って誉め言葉を重ねるのでありました。
「それでも未だあゆみさんには始終怒られていますが」
 良平が一升瓶を取ってあゆみにも勧めるのでありました。
「道場で内弟子に怒るのはあたしの役目だもん」
「あゆみさんは一般門下生稽古の中心指導をぼちぼち始められるのでしょう?」
 あゆみは万太郎と良平の黒帯取得の少し前に、段位も進んで教士補となっているのでありました。教士補となると体術稽古の中心指導も時に任される場合があるのであります。
「そうだな、中心指導をして貰わんといかんな。そうなると私は少し楽が出来る」
 是路総士が肴の蒲鉾を小皿の山葵醤油につけて口に運ぶのでありました。
「あたしは未だ鳥枝先生や寄敷先生みたいにやる自信がないもの。そんな弱気で指導なんかやっても誰もついて来てくれないと思うわ」
「いやいや、あゆみさんが中心指導をすると、なかなかに厳しい稽古になりそうです。怪我人続出と云う事にもなりかねないような気がします」
 良平が冗談口調でそう云ってあゆみの杯に酒を注ぐのでありました。
「夜の我々だけの内弟子の剣術稽古から鑑みれば、良さんの意見に僕も一票です」
 万太郎が良平から一升瓶を受け取り、是路総士の杯に注ぎながら云うのでありました。
「一般門下生からもあゆみさんに稽古をつけて貰うと、次の日には必ず筋肉痛になると云う意見が多々、今日の宴会でも出ましたよ」
 返杯としてあゆみに注いで貰いながら良平が云うのでありました。
「そんな事ないと思うわよ。あたしは到って優しい稽古を心がけているから」
「押忍。・・・」
 万太郎と良平は先ず自分達で顔を見あわせて、それから同時にあゆみの顔に視線を移して、同時に目を剥いて、同時にそう返すのでありました。この仕草は息のあった二人の、特に打ちあわせ等を必要としない俄か狂言風な座興の一種と云ったところでありますか。
「あれ、あたしの稽古はこよなく優しいでしょう?」
「お、お戯れを。・・・」
 良平が云い淀むような云い草をするのでありました。是路総士はその三人の遣り取りを聞きながら哄笑するのでありました。
(続)
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