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お前の番だ! 129 [お前の番だ! 5 創作]

 良平が云うのでありました。「総士先生は中国の古鏡が好きで、よくその方面の本なんかを見ていらっしゃいます。中国の大昔の故事なんかにもお詳しいようですよ」
「へえ、それは知らなかったな」
「三方さんは中国の歴史か何か勉強されているのですか?」
 良平が訊くのでありました。
「いや別にそう云うわけでもないが、中国に限らず、歴史一般は好きだよ」
 三方は少々恥ずかしそうに応えるのでありました。
「俺は歴史とかはさっぱりだな。小学校の頃から一貫して理系一辺倒の人間で、数字とか数式を弄繰り回すのは好きだったが、歴史的な年代なんかを覚えたり、歴史上の事件やら故事なんかにはちっとも興味がわかなかったね。そんなものが今の俺に何の役に立つのか、実は未だにさっぱり判らんよ。まあ、地理とかはそんなに嫌いでもなかったけどな」
 新木奈が横から口を挟むのでありました。
「自分は文学部の地理学科に在籍していましたよ、大学では」
 良平が新木奈に対する愛想のつもりでそう言葉に乗っかるのでありました。
「ああ、文学部の地理学科ね。つまり人文地理学と云う事だな。俺が興味があるのは自然地理学とか地質学の方だよ」
 新木奈の云い草には、地理学と云ったら何が何でも自然地理学で、つまり人文地理学をまるで小馬鹿にしているように万太郎には聞こえるのでありました。尤も万太郎にとって人文地理学にしろ自然地理学にしろ、どんな学問なのか全く判らないのではありますが。
「お前は要するに生身の人間に対する興味が薄いんだよ」
 三方が新木奈の顔を指差して云うのでありましたが、少し呂律があやしくなっているように万太郎には思われるのであります。間違いなく酔っているようであります。
「そんな事もないんだがな」
 新木奈はその絡んでくる三方の口調に少しげんなりした顔をするのでありました。
「いや、そんな事もある。だからお前は人間の営為たる武道もちっとも上手くならんのだ。そもそも数理を超えたところに武道があるんだぞ。二かける二が四にしかならないなら、武道に何の面白味がある。そんなだから道場の稽古でも総士先生の指導の言葉を自分勝手にしか聞こうとしないし、注意された大事な点もちゃんと理解しようともしない。お前は大体、稽古態度が不遜なんだよ。お前からは総士先生や鳥枝先生や寄敷先生、それにあゆみ先生、それから折野さんや面能美さんに対しても、まるっきり敬意が感じられない」
 三方が怪しい呂律で捲し立てるのでありましたが、万太郎はこの三方の新木奈評に対して一点異議があるのでありました。それは新木奈があゆみに対してのみは明らかに敬意を払っている、或いは敬意を払っているような物腰をするではないかと云う点であります。
 確かに新木奈の稽古態度は、武道を学ぼうとする態度としては万太郎も不謹慎であると感じていた事ではありますし、何となくそう云うところを見せられるのが興醒めではあったのでありますが、事あゆみに対する時は、その新木奈が妙に誠実にふる舞っているように見えるのでありました。誠実に、と云うよりは寧ろ、諂っているように。
(続)
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