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お前の番だ! 119 [お前の番だ! 4 創作]

 興堂範士はまたもや顔面に伸びてきた良平の拳を体を右開きに躱しつつ、自分の左拳を接近してきた良平の脇腹に小さく突き刺すのでありました。良平の体線がその不意打ちのような当身に依って少し崩れるのでありました。
「相手の腕の伸び切る直前、と云うところが重要で、この機を逸すると相手は腕をすぐさま引いて仕舞う。この機で打つと相手の腕は伸び切って後一瞬静止するんじゃよ。しかもあまり強く打ってはいかん。この当身は仮当で、この一発で相手を倒そうとする当身ではない。当身のタイミングと打撃の強さ加減が、云ってみればこの技のミソじゃな」
 興堂範士はこの動きも門下生の前で何度か繰り返して見せるのでありました。確かに絶妙のタイミングで興堂範士の拳が良平の脇腹に食らいつくのでありました。
「この左拳の当身は、刀を腰に差している場合は柄頭での当身となるわな」
 興堂範士のその言葉に下座にいる万太郎が機敏に反応して、きびきびとした動作で壁の木刀を取って疾駆して先ず興堂範士に、それから良平に手渡すのでありました。興堂範士はそれを受け取ると腰に差し、良平は八相に構えて対峙するのでありました。
 良平の八相から刃先を寝せて心臓を突く動きに対して、興堂範士は剣術の組形の一本目、相打ち返し、の動きで良平の右横に進み入り、木刀を腰に差した儘で左手で半分程を抜き出して拳の場合と同じく良平の脇腹に柄頭を当てるのでありました。
「剣術だと、刀は抜かないで柄頭で相手を打つが、体術では柄頭の代わりに拳を用いると云う事じゃ。理は剣術も体術も同じ事じゃな。ちなみに、・・・」
 興堂範士はそう云って良平にもう一度突いてこいと目で指示するのでありました。「剣術としての技であるのなら、・・・」
 興堂範士はそう云いつつ突いてきた良平の脇腹を、同じ要領で今度は少し強く柄頭で打つのでありました。良平は当身を食らった瞬間、息をつめるような呻き声を漏らして、脇腹をかばうように体を屈しながらよろめき下がるのでありました。
 空かさず興堂範士は木刀を腰から抜き放って、良平に体勢を立て直す隙を与える間もなく、その頭頂部に上段からの素早い斬撃を加えるのでありました。
「まあ、こう云う事になるわけじゃな。これは剣の、相打ち返し、の別法じゃ」
 興堂範士は愉快気に哄笑するのでありました。「まあ、剣の方は置くとして、・・・」
 興堂範士は下座に控えている万太郎に視線を投げるのでありました。万太郎は興堂範士の意を即座に酌んで、すぐに傍に近づいて木刀を受け取るのでありました。
 良平からも木刀を返却してもらうのでありましたが、脇腹への柄頭の当身が相当に効いたらしく、良平は未だ顰め面をした儘で近づいた万太郎を恨めし気に見るのでありました。同じ内弟子の万太郎ではなく、偶々自分が興堂範士に指名されて受けを取る羽目になったのが身の不運、とその目は万太郎に嘆いているのでありました。
 良平の愛嬌のある顰め面に万太郎は思わず吹きそうになるのでありましたが、勿論そんな不謹慎な真似はしないのでありました。道場では静謐であらねばなりません。
「さて、体術に戻るが」
 興堂範士のその声に、良平は気を取り直してまた突きの構えをとるのでありました。
(続)
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