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お前の番だ! 118 [お前の番だ! 4 創作]

 興堂範士の動きは相手を翻弄するように奇抜で素早く、しかもその速さに負けない姿勢の強靭さがあって、そう云う体捌きから繰り出される技は実に華麗なものでありました。それに捌きの途中で相手の顔面やら喉やら脇腹やらに対する当身が多用されるので、それは見ていて如何にも実戦的であり、捌きに捌いて相手の体勢の崩れが最大値に達したところで、威力ある強烈な投げ技を以って相手を制圧するのであります。
 この興堂範士の技には見る者に息を呑ませる迫力があるのでありました。これは余人の真似出来ない、興堂範士独特の華でありました。
 興堂範士は地味で修得するのに時間のかかる抑え技よりも、投げ技の方を重視しているのでありました。しかも相手を仰け反らせて後頭部から地に叩きつけるような、或いは宙で翻筋斗打たせて受け身が取れない程強烈に投げ落とすような技が多いのでありました。
「ワシはせっかちだから、その体勢にもちこむまで手数のかかる抑え技よりは、なるべく短時間で、二度と立ち上がれない程に相手を投げて仕舞う方が性にあっておるのでなあ」
 興堂範士は興堂派の技が投げ技重視である事の説明に、クールに、訊いた相手が震え上るような笑いを浮かべてそう応えるのが常でありました。確かに万太郎も興堂範士の強烈な投げ技の受けを取るのに、最初は受け身を取れずに大いに閉口したのでありました。
「さあて、今日は先ず、肘当て投げ、からいくかな」
 興堂範士の出張指導に参集した、下座に正坐して居並ぶ総本部道場の十数名の内弟子や準内弟子達に向かって、興堂範士はにこやかな笑顔を向けながら云うのでありました。それから一同をゆっくり見回して、良平の顔に視線を止めるのでありました。
「面能美君、ちょっと前に」
 良平は名前を呼ばれて即座に「押忍」と返事して興堂範士の前に疾駆するのでありました。興堂範士は威治教士とか、その日連れて来た自分の内弟子よりも、総本部道場に於いては良平や万太郎を指導の助手としてよく使役するのでありました。
「相手と対峙して、相手がこちらの顔面を正拳で突いてきたとする」
 興堂範士の説明に良平がすぐに反応して、興堂範士に対して左半身で右正拳を脇に構えて何時でも突けるように用意するのでありました。興堂範士は一間弱の間合いで良平に向かうと、左の相半身に一足半の足幅を取って正対するのでありました。
 頃は良しと良平が裂帛の気合の声を発しながら、右足を大きく歩み足に踏み出して右正拳を興堂範士の顔面に向かって突き出すのでありました。興堂範士はぎりぎりのタイミングで、体を右にやや開いてその打撃を鼻先一寸にあっさりあしらい躱すのでありました。
「この捌きは剣術の相打ち返しとほぼ同じ動きじゃな」
 良平の斜め上方に突き出した腕越しに、興堂範士が下座の総本部の門下生の方に視線を向けながら云うのでありました。「常勝流は剣術の理を体術に移したものだから、剣術と体術とでは間合いの違いは多少あるものの、同じ理屈でこちらは動いておる」
 興堂範士は同じ捌きを、角度を変えて何度か門下生に演じて見せるのでありました。万太郎は食い入るように興堂範士の体捌きを見るのでありました。
「相手の拳が伸び切る直前に、こちらは先ず左の当身を小さく相手の脇腹に打ちこむ」
(続)
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