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お前の番だ! 117 [お前の番だ! 4 創作]

 良平が苦笑いながら万太郎から視線を逸らすのでありました。
「面能美の云う事も確かに一理はある」
 居間の是路総士が云うのでありました。そう云われて良平はほっとしたような顔を是路総士に向けるのでありました。
「昔は武術家は、芸者、と呼ばれていた。武芸を為す者、と云う事で、今の、酒宴の折の遊芸や接待を業とする、所謂芸者さんとはちょっと違うがな」
 是路総士は続けるのでありました。「しかし、今の芸者さんのようなところも、この現代に於いて武道で世過ぎする身には必要な面でもありはする。いや、昔の武芸者にしたところで、そんな側面も屹度あったに違いなかろうよ」
「まあ、それはそれとして、・・・あたしは矢張り出席は遠慮しとくわ」
 あゆみが話しが面倒な隘路に入りこむのを厭うようにそう云うのでありました。
「ああそうですか。で、万さんは?」
 良平が万太郎の顔に視線を移すのでありました。
「どうしようかな。・・・」
 万太郎は如何にも気乗り薄な風に良平から目を逸らして首を傾げるのでありました。
「万ちゃんは行ってらっしゃいよ」
 あゆみが勧めるのでありました。「折角新木奈さんが誘ってくれているんだから、あんまり難しく考えないで気楽につきあえばいいんじゃないの?」
「ああそうですか。・・・」
 あゆみが行かないのなら新木奈の本当の目論見は成就しないのであろうにと思いながら、万太郎は不承々々に諾の返事を良平に返すのでありました。

 興堂範士が体術の出張稽古に総本部道場に来る日を、万太郎は何時も楽しみにしているのでありました。だからと云ってそれは別に、総本部道場の稽古がつまらないとか、興堂範士の稽古に比べて色褪せているように思えるから等では決してないのでありました。
 是路総士の重厚で一々が理に適っている事を納得させられるような技も、奥深く細心でしかも理解し易い指導も、鳥枝範士の荒技も強面の態度も、寄敷範士の端正な技術も理路整然とした技の解説にも大いに心服しているのでありました。それに一緒に稽古する内弟子の良平にも、あゆみにも、他の門下生達にも何の不満もないのでありました。
 しかし興堂範士の武道観や、その武道観に則った武技や独自の指導法なぞは、王道を行くべき総本部道場にはない、閃きと進取の気風に富みに富んでいるように感じられるのでありました。意欲的である若者に限って往々にして見られるような、隣の糂汰味噌的な気持ちが全くない事もないにしろ、興堂範士の開いた別派の道には、王道の道端では先ず見られない魅力的な碧玉が至る処に転がっているようにも感じられるのであります。
 興堂範士の指導に一度でも浴してみると、万太郎は興堂派の道場が総本部を凌ぐ程の勢いがあって、興堂範士が武道界に限らず世間に広く持て囃される理由が判るような気がするのでありました。一言でいえばそれは、派手、と云う事でありますか。
(続)
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