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お前の番だ! 97 [お前の番だ! 4 創作]

 木刀を一拭きして、是路総士のものは見所の専用木刀かけに、自分が使ったものは道場横手の壁の木刀かけに戻してから道場の電気を消すのでありました。その後着替えのために内弟子部屋に引き取ってから、改めて母屋の台所兼食堂に行くと、あゆみが風呂から上がった後の是路総士に出す酒の用意をしているのでありました。
「ああ、僕が代わります」
 万太郎はあゆみの傍に行ってそう申し出るのでありました。
「じゃあ、お酒の燗の方を頼むわ」
「押忍。承りました」
 万太郎はテーブルの上に出ている一升瓶を取ると傍らの一合徳利に日本酒を移すのでありました。是路総士は夜の出稽古から帰ると決まって、まるでそれで一日の課業に終止符を打つ如くに一合の酒を体に入れるのが決まり事なのでありました。
「どうだった、威治教士に虐められなかった?」
 あゆみが俎板の上に白菜の浅漬けをのせて、それを食い易いように適当な長さに切り揃えながら訊ねるのでありました。是路総士は何時ものようにもう興堂派道場で食事を済ませていたから、ちょっとした愛想の酒の当てがあればそれで良いのでありました。
「いや特には」
 万太郎は一升瓶の口に蓋を掌で押しこみながら返すのでありました。
「良君がこの前の出稽古の時に虐められたって云う話しをしていたけど?」
「お辞儀の仕方が武道家らしくないとか、云いがかりをつけられた件ですか?」
「そうそう」
 あゆみは切った白菜漬けを菜箸で平皿に盛るのでありました。
「僕は別に何もありませんでしたね。まあ前の時もそうでしたけど」
「ああそう。万ちゃんは時々妙に目の据わったような顔をするから、それでかな」
 あゆみは仙川駅に向かう時に是路総士が云ったと同じような事を云うのでありました。
「いやあ、そう見えるのは人徳の不足と伴に、僕の目が悪いせいでもあります」
 万太郎も矢張りその時と同じような言葉を返すのでありました。
「威治教士はあたしもあんまり好きになれないタイプだわ。何だか心の底の方で何時も悪巧みを考えているような感じがして」
「悪巧み、ですか?」
「まあ、本当のところは判らないけど、そんな風に相手に感じさせるって事」
「自尊心、と云うか虚栄心が強くて、何時も顔が構えているからですかね?」
「顔が構えているのなら、もう少し表情に緊張感があると思うけど、そう云うのじゃなくてあの人の顔は、どこか何時もニヤけているでしょう?」
「いやそこが、無構え、と云う構えと同じで、一見ニヤけて見えるのは構えていないように装うためで、・・・いや、と云うか、装うためと云うよりは、装っているのだと云うその事自体は巧妙に仄見せる事で、つまり自尊心と云うのか虚栄心と云うのか、そう云うものを入り組んだ二重のバリケードに依って守っているのと云うではないかと云う、・・・」
(続)
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