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お前の番だ! 92 [お前の番だ! 4 創作]

「興堂先生は若い頃はどのような方だったのでしょう?」
「そうだな、短気でせっかちで、武道に対しては生真面目過ぎるくらい生真面目で、ひたむき過ぎるくらいひたむきで、何より常勝流の稽古が好きで堪らないと云った風だったな。己が強くなるためには何だってするし、どんな激しい修行にも耐えると云った気概があって、それにそう云った誰よりも意欲的であるところを表に出すタイプの人だったな」
 是路総士の視線は万太郎の顔に当てられてはいるものの、万太郎を通り越して遠い過去の思い出に向かっているようでありました。「そのくせ何をやらせても諸事にすばしっこくて、機転も利いて要領も実に良かったかな。それになかなかの粋人で、それに精力家でもあったから、しょっちゅう女の話しを聞かされたものだった。実際、良くもててもいた」
「それなら僕とはまるで違うタイプのようですが?」
「ま、一見したところ、確かに心機の外に表れる容としては全く違う」
 是路総士は、今度は万太郎の目をしっかり見るのでありました。「しかし外容が正反対に見えるだけで、実は根っ子のところで通うものがあるのかも知れん」
「そうでしょうか?」
 万太郎は懐疑的な目をして見せるのでありました。
「お前が粋人かどうかと云うのは置くとして、武道に対する態度とか思いの点では」
「粋人でないのは確かですが、後半に云われた点も僕は自分ではよくは判りません」
「まあ、もう少し常勝修行者としての経験が深くなれば、自ずと表れてくるだろうよ」
 是路総士はそう云ってニヤリと笑うのでありました。「内弟子に限らず道場の門下生になる者には大凡二タイプがあってな、最初は大いに意気ごんでいても案外あっけなく息切れしてくるタイプと、取りかかりは然程ではなくても、続けている内に次第に人変わりしてきて、急に意欲的になる者と。・・・さて、お前はどちらかな」
 これは万太郎に対して問いかけていると云うよりは、是路総士が自分に問いかけていると云った口ぶりなのでありました。つまり、万太郎は何となく品定めをされているような按配で、そう思うと秘かにそわそわとしてくるのでありました。
「どちらかと云うと後者でありたいと思います」
「まあしかしだな、急に変貌して張り切り出した者の中にも、その内またすぐに熱が冷めて仕舞うと云うタイプもいるにはいるかな」
 是路総士は無表情にそう云う事も云い添えるのでありました。万太郎は返すべき言葉が見当たらなかったので、その点に関しては黙っているのでありました。
 長く指導者をしているとそう云った門下生達の気分の変化や機微に対して、結構敏感になるのでありましょう。是路総士くらいになると入門してきた門下生を一目見ただけで、その者の行く末をほぼ過たずあっさり見通して仕舞えるのかも知れないのでありました。

 あゆみが洗った皿を万太郎に渡しながら訊くのでありました。
「外食が長いと飽きるでしょ?」
 皿を受け取る時に、万太郎の指がほんの少しあゆみの指に降れるのでありました。
(続)
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