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お前の番だ! 91 [お前の番だ! 4 創作]

 宴席では花司馬頭教士が万太郎に打ち解けた態度で接して、板場教士も花司馬筆頭教士程ではないにしろ、先に道場に向かう時に見せた万太郎に対するある種の警戒感は解いたような様子でありました。威治教士はと云えば、目をあわせる事も自ら話しかける事もせずに、すっかり万太郎を無視すると云った風でありましたか。
 大体に於いては常勝流総本部道場の本格的な内弟子になって二月程度の者に対しては、威治教士の接し方の方が普通なわけで、寧ろ花司馬筆頭教士と板場教士の態度の方が異例でありましょう。異例と云えば、興堂範士の万太郎に対する親和的な態度も言葉つきも、これはもう異例中の異例と云って差し支えないでありましょうが。
 興堂範士が率先してそう云う態度を示してくれる事で自ずと、花司馬筆頭教士と板場教士の万太郎に対する態度をも好意的な風に規定されて仕舞ったと云えなくはないのでありましょう。興堂範士がどのような了見で、万太郎に対してまるでふとした気紛れとしか思えないような親和的な態度をとってくれるのか、実際のところ良くは判らないのでありましたが、まあ、万太郎にとっては決して悪い事ではないと云うものではあります。
 それにしても単に万太郎の腕を、或いは将来の可能性を認めてくれたが故の好意と云うには、少し度が過ぎているよにも思われるのでありました。万太郎が逆に、心根の隅に少しの警戒を持ったとしてもそれはあながち不自然でもないでありましょうか。
「折野君、今後永く総本部内弟子として修業に励んであにさんをしっかり支えてくれよ」
 興堂範士はそんな勿体ない言葉を宴の最後に万太郎に投げるのでありました。
「また君と剣術の稽古が出来るのを楽しみにしているよ」
 これは花司馬筆頭教士の言葉でありました。
「今後ともよろしく交流をお願いする」
 これは板場教士の言葉であります。勿論威治教士は、何の言葉も万太郎にかけようとはしないのでありました。
「興堂さんはお前を、大いに買ってくれたようだな」
 是路総士は御茶ノ水駅から乗った新宿行きの電車の中で、前に立っている万太郎の顔を見上げながら話しかけるのでありました。
「押忍、じゃなかった、はい。有難い事だと思います。しかし、・・・」
 万太郎は道場ではなく今は街中に在る事を慮って返事を改めるのでありました。
「ん、しかし、何だ?」
「何やらこう云う風に云っては申しわけない気がするのですが、しかし興堂先生にお示しいただいたご好意は、今現在の僕にはあまりに勿体なさ過ぎるような気がして、そのご心底を明快に測りかねていると云うのが正直なところです」
 それを聞いて是路総士は目を逸らして少し考えるような素ぶりをするのでありました。
「まあ、お前が若かりし頃の興堂さんに似ているからかも知れんな」
「そうなのですか?」
「風体も、気性も、それに諸事に対する心の構えなんぞも、はっきり似ていると云うのではないが、しかし何となく私も似ているような気がするような、しないような。・・・」
(続)
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